研究の背景と筆者たち

この論文”Effects of ASR-based websites on EFL learners’ vocabulary, speaking anxiety, and language enjoyment”は、Radboud University Nijmegenを中心とした国際的な研究チームによって2021年に発表されました。筆者のMuzakki Bashoriは、インドネシア出身の博士課程の学生として、自国の英語教育の課題に取り組んでいます。彼は特に、自動音声認識技術を活用した外国語学習と、教室での感情の役割に関心を持っています。共著者には、応用言語学と統計学を専門とするRoeland van Hout教授、音声認識技術とコンピュータ支援言語学習の専門家であるHelmer Strik准教授、そして音声処理と言語学習への応用を研究するCatia Cucchiarini博士が名を連ねています。

インドネシアでは英語が義務教育の一部として教えられていますが、国際的な英語能力調査では低い評価を受けているという現実があります。これは、日本の英語教育が直面している課題とも似ています。教室での練習機会の不足、特にスピーキングの練習が十分にできないこと、そして間違いを恐れる心理的な障壁が、学習者の成長を妨げているのです。

技術と心―認知面と感情面の両方に目を向ける試み

この研究が興味深いのは、単に「新しい技術を使ったら成績が上がった」という話ではないところにあります。研究チームは、語彙知識という認知的な側面だけでなく、スピーキング不安や学習の楽しさという感情的な側面にも注目しました。これは、まるで病院で患者の血圧だけでなく、精神的なストレスレベルも測定するようなものです。言語学習は頭だけでなく、心も深く関わる活動なのだという認識が、この研究の土台にあります。

232名の高校生を3つのグループに分けました。2つの実験グループはそれぞれ異なるASRベースのウェブサイト(「I Love Indonesia」と「NovoLearning」)を使用し、対照グループは通常の授業を受けました。約2週間、合計6時間の学習時間が設けられました。これは学校の通常のカリキュラムに組み込まれた時間なので、特別に追加の負担をかけたわけではありません。

興味深いことに、研究チームは1つではなく2つの異なるウェブサイトを採用しました。これは料理のレシピを検証するときに、1つのキッチンだけでなく複数の環境で試すようなものです。特定のシステムに依存した結果ではなく、ASR技術そのものの効果を見極めようとする慎重な姿勢が見て取れます。

教材の工夫―身近な物語を使う意味

実験で使われた教材は、インドネシアの西スマトラ地方の民話「Malin Kundang」でした。これは日本で言えば、桃太郎や浦島太郎のような、誰もが知っている昔話のようなものです。40個の英単語がこの物語から選ばれ、生徒たちはこれらの単語を学習しました。

なぜわざわざ地元の民話を使ったのでしょうか。それは、見知らぬ外国の物語よりも、自分たちの文化に根ざした物語のほうが、学習者にとって心理的なハードルが低いからです。これは、初めてのレストランで完全に未知の料理を注文するよりも、知っている食材が使われている料理を選ぶほうが安心できるのと似ています。インタビューでも、70%の生徒が、身近な物語を使うことでリラックスして学習できたと答えています。

ウェブサイトの仕組み―段階的な学習の流れ

2つのウェブサイトは、どちらも受容的なスキルから生産的なスキルへと段階的に進む設計になっていました。まず、i-watchという機能で物語に関する動画を視聴します。次にi-readで物語の情報を読み、i-hearで単語の音声を聞きます。そして最後に、ASR技術を使ったi-pronounceとi-speakで、実際に声に出して練習します。

これは、まず見本を見て、次に説明を読み、それから自分で試してみる、という自然な学習の流れです。泳ぎを習うときに、まずコーチの動きを見て、次に水の中での体の動かし方を学び、最後に実際にプールに入って練習するのと同じです。

ASR技術の部分が特に重要です。I Love Indonesiaは「excellent(素晴らしい)」または「try again(もう一度)」というシンプルなフィードバックを提供しました。一方、NovoLearningはより詳細な音声学的フィードバックを与えました。どちらのシステムも、人間の教師と違って、何度間違えても疲れることなく、批判的な目で見ることもなく、生徒の発音を評価してくれます。

結果―数字が語る効果

語彙テストの結果は明確でした。3つの部分(多肢選択式、マッチング、穴埋め)から成るテストで、両方の実験グループは対照グループよりも有意に高い向上を示しました。統計的な分析では、I Love Indonesia使用グループもNovoLearning使用グループも、対照グループと比べて明らかに良い成績を収めたことが示されました。2つの実験グループの間には統計的に有意な差はありませんでしたが、NovoLearningのほうがわずかに高い得点でした。

スピーキング不安については、18項目の質問紙を使って測定しました。「英語の授業で話すよう言われると震える」「クラスメートの前で英語を話すのは自意識過剰になる」といった項目です。両方の実験グループで、不安レベルが有意に低下しました。対照グループでは変化がありませんでした。これは、ASR技術を使った練習が、実際に生徒たちの心理的な障壁を下げるのに役立ったことを示しています。

言語学習の楽しさについても、10項目の質問紙で測定しました。「英語の授業は楽しい」「英語の授業で自分の達成を誇りに思う」「英語を知っているのはかっこいい」といった項目です。ここでも両方の実験グループで有意な向上が見られ、対照グループでは変化がありませんでした。

心の中の変化―不安と楽しさの関係

研究チームは、語彙知識、スピーキング不安、学習の楽しさという3つの要素の間の関係性にも注目しました。興味深いことに、実験前には、スピーキング不安と学習の楽しさの間に小さな負の相関しかありませんでした。つまり、不安が高い人は楽しさが少し低い傾向があるものの、この2つは基本的に独立した感情だったのです。

しかし実験後、実験グループではこの相関が中程度から大きなレベルに変化しました。対照グループでは変化がありませんでした。これは何を意味するのでしょうか。研究チームは、この変化が、生徒たちが自分の感情についてより意識的になり、不安と楽しさという感情をより明確に区別できるようになったことを示唆していると解釈しています。

例えて言えば、最初は「なんとなく英語の授業が苦手」とぼんやり感じていた生徒が、練習を通じて「話すときに緊張するけれど、単語を覚えるのは楽しい」というように、自分の感情をより細かく理解できるようになったようなものです。

生徒と教師の声―数字の裏側にある体験

量的なデータだけでなく、12名の生徒と3名の教師へのインタビューも行われました。これらのインタビューは、数字だけでは見えてこない学習体験の質を明らかにしています。

ある生徒(NOVO01)は、最初はスピーキング不安が高かったものの、NovoLearningを使った後、通常の教室でも緊張せずに前に出て英語を読めるようになったと語っています。別の生徒(ILI01)は、ウェブサイトを通じて単語を一つずつ理解し、使えるようになったことで自信がついたと述べています。

興味深いのは、12名の生徒のうち11名が、他の人と話す前にまずASRベースのウェブサイトで練習したいと答えたことです。その理由として、間違いを恐れずに練習できること、流暢になってから人と話したいこと、ウェブサイトが発音を訂正してくれることを挙げています。これは、まるでピアノの発表会の前に、一人で何度も練習してから人前で弾きたいと思うのと似ています。

ただし、技術的な問題も報告されました。ある生徒は、正しく発音したつもりなのにシステムが認識してくれなかったと不満を述べています。これは現在のASR技術の限界を示しています。完璧なシステムではなく、まだ改善の余地があるのです。

教師たちも、ウェブサイトが語彙学習と発音練習に役立つと評価しましたが、一人の教師は、学校と教師による監視機能、安定したインターネット接続、そしてより詳細な情報(スペル、発音、意味、品詞)を含むアプリ版を望んでいました。

研究の強みと工夫

この研究にはいくつかの優れた点があります。まず、実際の学校現場で行われた点です。実験室での研究ではなく、現実の教室環境で、通常のカリキュラムに組み込まれた形で実施されました。これは、研究結果が実際の教育現場に適用可能である可能性を高めています。

次に、2つの異なるシステムを比較した点です。これにより、特定のシステムに固有の効果ではなく、ASR技術そのものの効果を検証できました。どちらのシステムも同様の効果を示したことは、この技術の一般的な有用性を示唆しています。

また、認知面と感情面の両方を測定した点も評価できます。多くの研究が成績だけに注目する中、この研究は学習者の心理的な側面にも光を当てました。言語学習が単なる知識の習得ではなく、感情と深く結びついた活動であることを認識しているのです。

統計的な分析も適切です。混合効果モデルを使用してクラス間の違いを考慮し、事後比較を行って具体的な差異を明らかにしました。これは、データを丁寧に扱い、過度の一般化を避けようとする姿勢の表れです。

量的データと質的データを組み合わせた混合研究法も強みです。数字だけでは見えない学習者の体験を、インタビューを通じて明らかにしました。これにより、なぜこの技術が効果的だったのかをより深く理解できます。

研究の限界と改善の余地

しかし、この研究にはいくつかの限界もあります。まず、参加者の性別の偏りです。222名が男子で、女子はわずか10名でした。これは職業高校の特定の学科(機械工学など)に男子が多いという状況を反映していますが、結果の一般化可能性を制限します。女子生徒が同じような効果を示すかどうかは、この研究からは分かりません。

実験期間が約2週間と短いことも限界です。6時間の練習で効果が見られたのは励みになりますが、長期的な効果は不明です。例えば、3ヶ月後、半年後にも同じ効果が持続するのでしょうか。また、他の単語や文脈にも転移するのでしょうか。これらの疑問には答えられていません。

ASR技術そのものの効果を切り離すのが難しい点も課題です。実験グループの生徒たちは、ASR機能だけでなく、動画視聴、テキスト読解、音声聴解など、複数の活動を行いました。どの要素がどの程度効果に寄与したのかは明確ではありません。研究チームもこの点を認識しており、論理的な学習順序と学校のカリキュラムに従うためにこのような設計にしたと説明しています。しかし、ASR技術単独の効果を知るには、より統制された実験が必要でしょう。

また、対照グループの授業内容が実験グループと完全に統一されていなかった点も気になります。2人の教師はそれぞれ異なる方法で同じ民話を教えました。一人は動画を使い、グループディスカッションとプレゼンテーションを行いましたが、もう一人は印刷物を使い、小グループでの議論のみを行いました。この違いが結果にどう影響したかは不明です。

さらに、クラス間の英語能力レベルに違いがあったことも認められています。統計分析でクラスを変量効果として扱うことで対処しましたが、理想的には事前に能力レベルを揃えるべきでした。

技術的な問題も報告されています。インドネシアのような「低資源環境」では、インターネット接続の不安定さ、技術サポートの不足、コンピュータへのアクセス制限などが、CALL(コンピュータ支援言語学習)の実施を妨げる要因となります。この研究では学校のコンピュータ室を使用し、安定したインターネット接続を必要としましたが、すべての学校がこのような環境を持っているわけではありません。

理論的な意味合い―感情と認知の複雑な関係

この研究は、外国語学習における感情の役割について、いくつかの興味深い示唆を提供しています。従来、言語不安の研究が主流でしたが、近年は「ポジティブ心理学」の影響で、楽しさのような肯定的な感情にも注目が集まっています。

研究チームは、Dewaele & MacIntyre(2014, 2016)の研究を引用しながら、不安と楽しさは「同じ次元の両端ではなく、独立した感情」であると議論しています。つまり、不安が低いから楽しいというわけではなく、不安が高くても楽しさを感じることもあれば、不安が低くても楽しさを感じないこともあるということです。

ただし、この研究の結果は、2つの感情が完全に独立しているわけではないことも示しています。実験後、両者の相関が強まったからです。研究チームは「独立した感情」という表現を使いながらも、「関連しているが異なる次元」と表現しています。これは微妙だが重要な区別です。

例えて言えば、体温と脈拍のようなものかもしれません。2つは異なる指標ですが、完全に無関係ではありません。発熱すれば脈拍も上がることが多いですが、必ずしもそうとは限りません。同様に、不安と楽しさも、関連はしているけれど、一方を知っても他方を完全に予測できるわけではないのです。

実践への示唆―教室でどう活用できるか

この研究は、教育現場にいくつかの重要な示唆を提供します。まず、ASR技術が語彙学習とスピーキング不安の軽減に役立つ可能性があることです。特に、大人数のクラスで個別の発音指導が難しい状況では、こうした技術が補完的な役割を果たせるでしょう。

生徒たちが、人と話す前にまずシステムで練習したいと答えたことも重要です。これは、ASRを導入する際の段階的なアプローチを示唆しています。最初からネイティブスピーカーや教師と話すのではなく、まずシステムで自信をつけてから人間との対話に進むという順序です。

また、文化的に身近な教材を使うことの重要性も示されました。外国語学習だからといって、必ずしも外国の文化や物語を使う必要はありません。むしろ、学習者の文化背景を尊重し、それを出発点とすることで、心理的なハードルを下げられる可能性があります。

ただし、技術的な問題への対処も必要です。インターネット接続の確保、システムの精度向上、教師への適切な研修などが課題です。また、ASR技術を使った活動だけでなく、他の活動との組み合わせも考える必要があります。この研究では動画、読解、聴解などの活動も含まれていましたが、どのような組み合わせが最も効果的かは、さらなる研究が必要です。

今後の研究への道筋

研究チームは、いくつかの今後の研究方向を提案しています。まず、より長期的な効果の検証です。数ヶ月、あるいは1年といった期間での効果を調べることで、ASR技術の持続的な価値を評価できるでしょう。

また、語彙以外のスキル、特に流暢さや発音の改善についても調査が必要です。この研究では語彙に焦点を当てましたが、実際のスピーキング能力にどう影響するかは十分に検証されていません。

さらに、どのような特徴を持つシステムが効果的かも明らかにする必要があります。シンプルなフィードバックと詳細なフィードバックのどちらが良いのか、どのような活動の組み合わせが最適か、どの程度の練習時間が必要かなど、実践的な問いに答える研究が求められます。

異なる学習環境での検証も重要です。この研究はインドネシアの職業高校という特定の文脈で行われました。他の国、他の学校種、他の年齢層でも同様の効果が得られるかは分かりません。また、女子生徒や、異なる英語能力レベルの学習者での効果も検証する必要があります。

批判的な検討―何が本当に効いたのか

この研究を批判的に見ると、いくつかの疑問が浮かびます。最大の疑問は、観察された効果がASR技術そのものによるものなのか、それとも新しい教材や方法に対する新鮮さ(いわゆる「ホーソン効果」)によるものなのかという点です。

実験グループの生徒たちは、コンピュータ室で新しいウェブサイトを使うという特別な体験をしました。これ自体が動機づけを高め、結果を改善した可能性があります。6ヶ月、1年と使い続けた後も同じ効果が見られるかどうかは分かりません。

また、教師の要因も考慮する必要があります。実験は第一著者が実施し、通常の教師は教室にいませんでした。もし通常の教師が同じように新しい方法で熱心に教えたら、対照グループでも同様の改善が見られた可能性はないでしょうか。

感情面の変化についても、慎重に解釈する必要があります。不安が減り、楽しさが増えたのは確かですが、それが言語能力の実質的な向上につながるかは別問題です。気分が良くなることと、実際に話せるようになることは、必ずしも一致しません。もちろん、学習者が前向きな気持ちで学習に取り組むことは重要ですが、最終的な目標は言語使用能力の向上です。

さらに、統計的に有意な差が見られたとはいえ、その効果の大きさについても考える必要があります。論文では具体的な効果量(effect size)が報告されていないため、実践的にどの程度意味のある改善だったのか判断しにくいです。

文脈の中で考える―インドネシアと日本の共通点

この研究をインドネシアという文脈で理解することは重要です。インドネシアでは英語が外国語として学ばれており、日常生活で使う機会はほとんどありません。この点は日本と似ています。また、大人数のクラス、限られた教育資源、スピーキング練習の機会不足など、多くの課題も共通しています。

ただし、インドネシア特有の要因もあります。多言語社会であること(インドネシア語、地方語、英語)、文化的な要因(人前で間違えることへの抵抗感)、技術インフラの課題などです。これらの要因が結果にどう影響したかは、この研究だけでは分かりません。

興味深いのは、この研究が職業高校で行われた点です。参加者の多くは将来、技術系の仕事に就くことを想定しており、必ずしも英語を中心的に使うわけではないでしょう。それでも英語学習への動機づけを高め、不安を減らすことができたのは、一定の意義があります。

終わりに―技術と人間の協働

この研究は、ASR技術が言語学習において有望なツールであることを示していますが、それは万能薬ではありません。技術は教師を置き換えるものではなく、教師と生徒の活動を補完するものです。

効果的な言語教育には、認知的な側面(語彙、文法、発音など)と感情的な側面(不安、楽しさ、動機づけなど)の両方への配慮が必要です。ASR技術は、個別練習の機会を増やし、心理的な障壁を下げることで、両方の側面に貢献できる可能性があります。

しかし、技術を導入すれば自動的に良い結果が得られるわけではありません。適切な教材設計、段階的な導入、教師の研修、技術的なサポート、そして学習者の文化的背景への配慮など、多くの要素が絡み合っています。

この研究は、その複雑さを認識しながらも、一つの可能性を示してくれました。完璧な答えではありませんが、より良い言語教育を模索する旅路における、意味のある一歩だと言えるでしょう。技術と人間、認知と感情、伝統と革新のバランスを取りながら、学習者一人ひとりに合った学びの形を探求し続けることが、私たちに求められているのです。


Bashori, M., van Hout, R. W. N. M., Strik, H., & Cucchiarini, C. (2021). Effects of ASR-based websites on EFL learners’ vocabulary, speaking anxiety, and language enjoyment. System, 99, Article 102496. https://doi.org/10.1016/j.system.2021.102496

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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