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はじめに:政治化された教室の現実

教育は常に政治的な営みですが、その政治性が教室レベルまで直接的に浸透する現象は、現代教育政策の特徴の一つといえるでしょう。イアン・カッシング(Ian Cushing)による論文”Grammar tests, de facto policy and pedagogical coercion in England’s primary schools”は、イングランドの小学校で2013年から実施されている文法・句読点・綴り(GPS)テストが、どのようにして教育現場に政治的イデオロギーを浸透させ、教師の教育実践を変容させているかを詳細に分析した研究です。

カッシングは、ブルネル大学ロンドン校教育学部の講師として、学校における言語政策の実行に関する研究を専門としています。特に、政策の社会的な働きと言語イデオロギーが実践にどのように伝わっていくかに焦点を当てた研究で知られています。彼の研究は『Language in Society』『Literacy』『Language, Culture and Curriculum』などの著名な学術誌に掲載されており、現代イングランドの教育政策における言語の政治性を鋭く分析する研究者として注目されています。

この論文が扱うGPSテストは、一見すると子どもたちの英語能力を測定する単純な学力検査のように思えます。しかし、カッシングの分析によれば、このテストは実際には政府の言語イデオロギーを教室に浸透させる強力な政策ツールとして機能しており、教師たちを彼らが信じない教育方法へと強制する「教育的強制」を生み出していることが明らかになります。

研究の理論的基盤:批判的言語テスト理論の適用

カッシングは、エリート・ショハミー(Elana Shohamy)が提唱した批判的言語テスト理論を理論的枠組みとして採用しています。この理論は、言語テストを中立的な測定道具ではなく、政治的・イデオロギー的目的を持った政策ツールとして捉える視点を提供します。ショハミーの4段階モデル(起源、操作、影響、結果)を用いることで、GPSテストの政治的起源から教室レベルでの具体的な影響まで、包括的な分析を可能にしています。

この理論的選択は非常に適切といえます。従来の教育研究では、テストの技術的側面(信頼性や妥当性など)に焦点が当てられがちでしたが、ショハミーの枠組みを採用することで、テストの社会政治的な機能と権力関係に光を当てることができています。特に、テストが「事実上の言語政策」(de facto language policy)として機能するという概念は、明示的な政策文書には現れない隠れたカリキュラムの存在を明らかにする上で有効です。

ただし、この理論的枠組みにも限界があります。批判理論の特性上、権力や支配に焦点を当てる傾向があるため、教師や学校の能動的な抵抗や創造的な適応についての分析がやや不足している印象があります。カッシング自身も論文の結論部分でこの点に触れており、教師が微視的な政策空間でこれらのテストにどのように抵抗し、交渉しているかを探る研究の必要性を指摘しています。

方法論の多面性:政策の軌跡を追跡する工夫

この研究の方法論的な強みは、多様なデータソースを組み合わせた「ブリコラージュ」的アプローチにあります。政治演説、政策文書、テスト問題、教師への調査とインタビューという異なる性質のデータを統合することで、政策の「テクストとしての側面」と「ディスコースとしての側面」の両方を捉えることに成功しています。

特に注目すべきは、マイケル・ゴーブ(Michael Gove)とニック・ギブ(Nick Gibb)という二人の教育大臣の政治演説を2009年から2019年にわたって収集・分析している点です。これにより、GPSテスト導入の政治的背景と、それを正当化するための言説戦略を明らかにしています。両者が「伝統的」教育と「進歩的」教育の二項対立を意図的に構築し、標準英語の重要性を強調することで、自らの政策を正当化していることが浮き彫りになります。

テスト問題の内容分析も秀逸です。2014年から2019年までの全462問を分析し、「識別」「完成・修正・書き直し」といった問題タイプの頻度を定量的に示すことで、テストが実際にどのような言語観を体現しているかを具体的に示しています。87%の問題が機械的な識別や修正に集中していることは、このテストが言語の社会的・コミュニケーション的側面を無視していることを雄弁に物語っています。

しかし、方法論にはいくつかの限界もあります。まず、教師への調査とインタビューは自己選択バイアスの問題があります。カッシング自身も認めているように、特にテストに対して強い意見を持つ教師が参加している可能性が高く、全教師集団の意見を代表しているとは言えません。また、78名の調査回答と19名のインタビューは、イングランドの小学校教師全体(数万人規模)から見ると限定的なサンプルサイズです。

政治的起源の分析:保守主義と言語ナショナリズムの結合

カッシングによる政治的起源の分析は、この研究の中でも特に価値の高い部分です。GPSテストの導入が、単なる教育技術的な改善ではなく、明確な政治的・イデオロギー的動機に基づいていることを、豊富な一次資料を用いて実証しています。

特に興味深いのは、E.D.ハーシュ(E.D. Hirsch)の「文化的リテラシー」理論が、イングランドの教育政策にどのように移植されたかの分析です。ハーシュのアメリカにおける「すべてのアメリカ人が知るべき5000の事実」というリストが、イングランドでは標準英語と「英国的」文学の重視という形で翻案されていることが示されています。これは、グローバル化する世界における文化的アイデンティティの政治的構築の一例として、教育学を越えた社会学的意義を持つ発見といえます。

また、ゴーブとギブが「専門家の否定」を明確に表明し、研究的根拠よりもイデオロギー的信念を優先させていることの指摘は重要です。これは現代の反専門主義的政治動向の教育分野における現れとして理解することができ、ポピュリズム研究の観点からも注目に値します。

ただし、政治的起源の分析において、より広い社会経済的コンテクストへの言及がやや不足している感があります。例えば、2008年の金融危機以降の緊縮政策や、EU離脱をめぐる国家アイデンティティの政治化といった、より大きな政治的変動とGPSテスト導入の関連についても検討されれば、分析はさらに豊かになったでしょう。

教育的強制という概念:権力の微細な作動

この論文の理論的貢献の核心は、「教育的強制」(pedagogical coercion)という概念の提示にあります。カッシングは、これを「教師の実践が巨視的レベルの圧力と言語政策メカニズムによって歪められる過程であり、より強力だと感じられるものによって教師を社会化し、威嚇して、彼らが必ずしも信じていない価値観を持たない行動に向かわせる」と定義しています。

この概念は、従来の政策研究が見落としがちな権力の微細な作動を捉える上で有効です。直接的な命令や処罰ではなく、テストという一見中立的な制度を通じて、教師の教育実践が静かに変容させられていく過程を明らかにしています。教師たちの証言(「テストに握られている感じがする」「やりたくないことをさせられる」など)は、この概念の現実性を生々しく示しています。

特に注目すべきは、教師たちが物理的・暴力的隠喩を用いてテストの影響を表現している点です。「拷問のような」「素手で車のエンジンを分解させられるような」といった表現は、単なる職業的不満を越えた、より深刻な専門的アイデンティティへの脅威を示唆しています。これは、新自由主義的教育改革が教師の専門性に与える影響を理解する上で重要な発見といえます。

しかし、教育的強制という概念にも課題があります。この概念は、教師を受動的な政策の受容者として描く傾向があり、彼らの能動性や創造性を十分に捉えきれていない可能性があります。実際の教室では、教師たちがさまざまな形でテストの要求に抵抗したり、創造的に適応したりしている可能性が高く、そうした側面についてのさらなる研究が必要でしょう。

標準英語イデオロギーの実装:多様性の排除メカニズム

カッシングによるテスト内容の分析は、GPSテストが標準英語イデオロギーを実装する具体的なメカニズムを明確に示しています。テスト問題が一貫して標準的でない英語の変種を「間違い」として扱い、修正の対象として提示していることは、言語の多様性に対する明確な価値判断を表しています。

特に重要なのは、「them cartons」(「それらの」の代わりに「them」を決定詞として使用)や「was/were」の変化といった、実際には多くの英国方言で正当な文法構造である表現を「間違い」として扱っている点です。これは、社会言語学的には完全に正当な言語変異を、教育制度を通じて周辺化し、話者に言語的劣等感を植え付ける可能性があります。

さらに深刻なのは、テスト作成ガイドラインが「英国英語」の慣用法のみを正答として認め、他の英語変種を排除していることです。これは、多文化社会であるはずの現代イングランドにおいて、言語的多様性を制度的に否定する行為といえます。移民の子どもたちや、英語を第二言語とする学習者にとって、これは明らかな不利益となる構造的差別です。

カッシングの分析は、言語テストが単なる能力測定を越えて、社会的排除のツールとして機能し得ることを示しています。これは、クリティカル応用言語学の分野において重要な貢献といえるでしょう。ただし、これらの問題に対する具体的な代替案についての議論が不足している点は、政策的含意を考える上での限界といえます。

教師の声:専門性の危機と抵抗の萌芽

この論文で最も説得力があるのは、教師たちの生の声を丁寧に収集・分析している点です。アンケート調査78名、インタビュー19名という規模は決して大きくありませんが、教師たちの証言は一貫して強い説得力を持っています。

教師たちは、GPSテストが彼らの教育実践を「箱にチェックを入れる作業」に変えてしまったと証言しています。創造性や批判的思考を重視する従来の小学校教育文化と、機械的な文法用語の暗記を要求するテスト文化との間の緊張が、教師の専門的アイデンティティを脅かしていることが浮き彫りになります。

興味深いのは、経験豊富な教師ほど、テストに対する批判が明確であることです。20年以上の経験を持つ教師が「教師のコミュニティ全体が、政府のやり方に根本的に反対しているが、それに対して何もできないと感じている」と証言していることは、現在の教育政策が現場の専門的知見とどれほど乖離しているかを示しています。

しかし、カッシングが収集した教師の声には、抵抗や創造的適応の兆しも見られます。一部の教師は「文脈の中で文法を教え、テストの機械的学習から脱却したい」と述べ、「破壊的」で「願望レベル」ではありながらも、代替的な実践への意欲を示しています。このような能動的な側面についてのさらなる研究は、教師の専門性回復に向けた方策を考える上で重要でしょう。

方法論的限界と今後の課題

この研究には、いくつかの方法論的限界があります。まず、教師のサンプルに自己選択バイアスがあることは避けられません。特にテストに批判的な教師が調査に参加する傾向があるため、教師集団全体の意見を代表しているとは言えません。また、地理的な多様性についても不明確で、イングランド内の地域差(例えば、ロンドンのような多文化都市部と農村部の違い)が十分に捉えられていない可能性があります。

さらに、子どもたちの声が完全に欠落していることも限界の一つです。GPSテストの最大の影響を受けるのは子どもたち自身であるにもかかわらず、彼らの体験や認識についてのデータは提示されていません。子どもたちがテストをどのように受け止め、それが彼らの言語に対する態度や学習動機にどのような影響を与えているかは、今後の重要な研究課題といえます。

また、比較的視点の不足も指摘できます。他のヨーロッパ諸国や、カナダ、オーストラリアなどの他の英語圏諸国では、言語テストがどのように実施され、どのような影響をもたらしているかとの比較があれば、イングランドの状況の特殊性や普遍性をより明確に理解できたでしょう。

政策的含意:教育の民主化に向けた課題

この研究は、現代教育政策の民主的統制という根本的な問題を提起しています。GPSテストの導入過程において、教師、保護者、研究者からの反対意見が政府によって組織的に無視されたことは、教育政策決定の民主的プロセスに深刻な問題があることを示しています。

カッシングが指摘するように、ニック・ギブ教育大臣が2019年の全国教育組合による世論調査(97%の小学校教師がSATsの廃止を支持)を「カリキュラム改革と教師の仕事を損なう」として退けたことは、政策決定者と現場の専門家との間の深刻な断絶を象徴しています。これは、テクノクラティックな政策決定の限界と、教育における専門性の価値について重要な問題提起をしています。

また、この研究は、言語権(linguistic rights)の観点からも重要な含意を持ちます。標準英語以外の言語変種を系統的に劣位に置くGPSテストは、言語的少数者の権利を侵害している可能性があります。これは、多様性と包摂を謳う現代の教育政策の理念と明らかに矛盾しており、政策の整合性という観点からも問題です。

研究の意義と学術的貢献

この論文は、複数の学術分野にわたって重要な貢献をしています。教育政策研究の分野では、政策の「隠されたカリキュラム」的側面を明らかにし、表面的な政策文書だけでは見えない権力関係を浮き彫りにしています。また、批判的言語政策研究の分野では、言語テストが事実上の言語政策として機能するメカニズムを具体的に示しています。

社会学の観点からは、新自由主義的統治性(neoliberal governmentality)の教育分野における具体的な現れを詳細に分析している点で価値があります。フーコー的な権力分析の枠組みを、具体的な教育制度の分析に応用した成功例として評価できるでしょう。

さらに、応用言語学の分野では、言語イデオロギーが制度を通じて社会に浸透するプロセスを実証的に示した点で貢献があります。特に、標準言語イデオロギーの再生産メカニズムについての分析は、他の文脈にも応用可能な理論的知見を提供しています。

今後の研究方向性

カッシング自身も認めているように、この研究は多くの新たな研究課題を提起しています。まず、教師の抵抗と創造的適応についてのより詳細な民族誌的研究が必要です。教師たちがどのようにテストの要求と自らの教育理念を調整しているか、どのような「隠れた抵抗」を行っているかについての研究は、教師の専門性回復に向けた実践的示唆を提供するでしょう。

また、子どもたちの体験についての研究も急務です。GPSテストが子どもたちの言語観、学習動機、自己概念にどのような影響を与えているかは、この政策の真の影響を評価する上で不可欠な要素です。特に、言語的マイノリティの子どもたちへの影響については、社会正義の観点からも重要な研究課題といえます。

さらに、他国との比較研究も価値があるでしょう。例えば、フィンランドのように標準化テストを重視しない教育システムとの比較、または他の英語圏諸国における言語テスト政策との比較は、イングランドの現状を相対化し、代替的な政策選択肢を探る上で有益です。

結論:教育における権力と専門性の再考

イアン・カッシングによるこの研究は、一見技術的で中立的に見える教育テストが、実際にはどれほど政治的で価値負荷的な営みであるかを鮮明に示しています。GPSテストの分析を通じて、現代教育政策における権力関係の複雑さと、教師の専門性が直面している危機的状況が浮き彫りになりました。

この研究の最も重要な貢献は、「教育的強制」という概念を通じて、政策が現場の専門家を望まない実践へと導くメカニズムを明らかにしたことです。これは、教育政策研究において新たな分析視角を提供するとともに、教師の専門性を尊重する政策決定プロセスの必要性を訴える重要な根拠となります。

同時に、この研究は言語の多様性と社会正義の問題も提起しています。標準英語イデオロギーの制度的な実装が、言語的マイノリティの子どもたちにどのような影響を与えるかは、多文化社会における教育の在り方を考える上で避けて通れない課題です。

教育は本来、子どもたちの可能性を最大限に引き出し、多様性を尊重しながら社会の発展に貢献する営みであるはずです。しかし、カッシングの研究が示すように、現実の教育政策は時として、政治的な思惑や特定のイデオロギーに奉仕するツールとして機能してしまうことがあります。

この論文は、そうした現実を変えるためには、政策決定プロセスへの現場教師の参加、研究的根拠に基づいた政策立案、そして何よりも子どもたちの学習と発達を最優先にした教育システムの構築が必要であることを示唆しています。カッシングの研究は、そのための重要な第一歩として、高く評価されるべき学術的貢献といえるでしょう。


Cushing, I. (2021). Grammar tests, de facto policy and pedagogical coercion in England’s primary schools. Language Policy, 20, 599–622. https://doi.org/10.1007/s10993-020-09571-z

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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