はじめに―なぜ発音はなかなか身につかないのか
外国語学習に取り組んだことのある人なら、誰しも一度はこんな経験をしたことがあるのではないでしょうか。英語の授業でthの発音を丁寧に習い、舌を歯の先に当てる練習を繰り返し、テストでもちゃんと正しく発音できる。ところが、いざ外国人の友人と話すとなると、頭では「舌を歯に当てなければ」とわかっていても、会話の流れの中ではどうしてもthがsやdに化けてしまう。「わかっているのに、できない」―この厄介なギャップは、外国語学習者にとって、長年の悩みの種です。
この「知っている」と「使える」のあいだにある深い溝に、正面から向き組んだのが、今回取り上げるMirosław Pawlakによる論文”Explicit and implicit (automatized) knowledge of second language pronunciation: Implications for theory, research, and classroom practice”です。PawlakはポーランドのAdam Mickiewicz大学とKonin応用科学大学に所属する研究者で、第二言語習得(SLA)における明示的・暗示的知識の問題を長年にわたって研究してきた人物です。これまでに文法教育や個人差の分野で多くの業績を残してきた彼が、2025年に発表したこの論文では、これまでほとんど議論されてこなかった「発音」という領域に同じ視点を持ち込もうと試みています。掲載誌はForeign Language Annals(Vol. 58)という、応用言語学・外国語教育分野の権威ある学術誌です。
明示的知識と暗示的知識―そもそも何が違うのか
まず、論文の中心概念である「明示的知識」と「暗示的知識」について整理しておきましょう。
明示的知識とは、意識的に頭の中で言語化・説明できる知識のことです。「英語のedはその前の音によってt、d、ɪdの三通りに発音される」と説明できるような知識がこれにあたります。時間に余裕があるときや、注意を集中できる状況では活用できますが、瞬時の判断が求められる場面では間に合わないことが多いという弱点があります。
暗示的知識は、その対極にある概念です。直感的・手続き的な知識であり、ネイティブスピーカーが「なんとなく正しい」と感じるように言語を使えるのはこの知識のおかげです。これは意識的に取り出すことが難しく、時間的プレッシャーのある実際のコミュニケーションの場でこそ真価を発揮します。
ただし論文で特に注目すべきは、Pawlakが「暗示的知識」と「自動化された知識(automatized knowledge)」を実用的な観点からほぼ同等に扱っている点です。DeKeyser(2017)の立場を踏まえ、外国語環境で学習を始めた成人学習者にとって、純粋な意味での暗示的知識を発達させることは現実的に難しいとし、意識的に学んだ知識が十分な練習を経て「意図せず、素早く、努力なしに」使えるようになった状態を「自動化された知識」と呼びます。この論文では、この二つを互換的に使うと明示されており、これは実践的な教育研究の観点から非常に合理的な立場といえます。
SLA研究における長年の議論と、発音研究の「空白地帯」
明示的・暗示的知識の区別は、SLA研究において何十年もの歴史を持つ中心的なテーマです。Krashen(1981)が「学習」と「習得」を峻別したことに始まり、Ellis(2004, 2005)がその測定方法を体系化するなど、文法習得の分野では膨大な研究の蓄積があります。ところがPawlakが指摘するように、発音研究においてこの視点が本格的に導入されることはほとんどありませんでした。
発音研究者の多くは、この問題を「統制された使用(controlled use)」と「自発的な使用(spontaneous use)」という実用的な区別に置き換えることで対処してきました。確かにこれは研究上便利な区分けではあるのですが、なぜそのような違いが生まれるのか、その背後にある認知的メカニズムについての理論的な説明が欠けてしまうという問題があります。Pawlakはこの点を「残念な状況」と呼び、発音研究における理論的な空白を埋めようとするのがこの論文の出発点です。
発音はどのように「知識として」成り立つのか
論文はまず、発音における明示的・暗示的知識の具体的なイメージを描き出します。明示的知識が活用されるのは、例えばミニマルペアを読む、文章を音読する、あるいは音の違いをじっくり聴き比べるといった、余裕のある状況です。これに対して暗示的(自動化された)知識が必要になるのは、友人との立ち話や、初めて会った外国人との会話のように、流れの中で即座に音を産出・知覚しなければならない場面です。
ここで論文が力説するのは、産出と受容の両側面を捉える必要性です。発音の「知識」というと、どうしても「うまく発音できるか」という産出面ばかりが注目されがちですが、実際には「聞いて理解できるか」という受容面も同様に重要です。しかもPawlakは、産出の方が認知的な負荷が大きいと指摘しています。話すためには、伝えたいメッセージを形成し(概念化)、語彙・文法的に符号化し(公式化)、実際に発音する(調音)という複雑なプロセスが同時並行で走るからです。
二つの理論的枠組み―skill-learning理論と認知的相互作用アプローチ
Pawlakが発音習得を説明する理論的な柱として用いるのが、DeKeyserが主導してきた「skill-learning theory(技能習得理論)」と、Kim(2017)による「認知的相互作用アプローチ(cognitive-interactionist approach)」の二つです。
技能習得理論は、Anderson(1993)のACT理論を第二言語習得に応用したものです。その骨子は「明示的な宣言的知識が、練習を通じて手続き化され、やがて自動化される」というシンプルな流れです。発音に当てはめれば、「有声破裂音と無声破裂音の違い」という知識を最初に明示的に教わり、それを繰り返し練習することで、最終的には意識しなくても正しい音が出るようになる、という過程に対応します。
ただし技能習得理論で重要なのは、Lightbown(2008)のいう「transfer-appropriate processing(TAP)」の原則です。練習の条件が、実際に使われる条件と一致していなければならないということです。つまり、時間的な余裕のある状況でミニマルペアの練習を繰り返しても、それだけでは時間的プレッシャーのある会話での発音力向上には直結しないのです。この指摘は、現場の教師にとっても「なるほど」と思わせる点ではないでしょうか。
認知的相互作用アプローチは、Schmidtの気づき仮説(noticing hypothesis)、Longの相互作用仮説、Swainのアウトプット仮説といった有名な理論を統合したものです。自発的なコミュニケーションの中で発音上の問題に気づき(noticing)、フィードバックを受け、自己訂正を試みるという過程を通じて、暗示的知識が発達していくと考えます。Pawlakはこの二つの理論を相補的なものとして位置づけ、どちらか一方だけでは発音習得の全体像を捉えられないと主張します。
研究上の課題―何を、どう測るのか
論文の中でも特に読み応えがあるのが、明示的・暗示的知識の測定をめぐる議論です。Ellis(2004, 2005)は文法習得の研究において、判定テスト(grammaticality judgment test)や口頭模倣テスト(elicited imitation test)などの測定手段を開発してきましたが、発音研究においてこれに相当する測定ツールの整備は立ち遅れています。
Pawlakが特に問題視するのは、発音指導(pronunciation instruction、略称PI)の効果を検証した研究の多くが、明示的知識の測定にのみ頼っているという現状です。Saito & Plonsky(2019)のメタ分析(77件の研究を対象)によれば、統制された課題のみを使用した研究が57.1%を占め、統制された課題と自発的課題の両方を用いた研究はわずか18.1%にとどまります。これでは、ある教授法が実際の会話での発音力向上に役立つかどうかを判断することはできません。
測定ツールについてPawlakが特に有望視するのが「focused communication tasks(焦点化されたコミュニケーション課題)」です。特定の発音特徴の使用を促しながら、本物のコミュニケーションの特徴を備えたタスクです。例えば、特定の音を含む語が多用される絵の描写課題などが該当します。生態学的妥当性(ecological validity)が高く、実際のコミュニケーション場面に近い形で知識を測れる点が利点です。
教室実践への提言―段階的なアプローチ
理論・研究の議論を踏まえてPawlakが提示する教育的枠組みは、Figure 2として論文中に図示されています。PPP(提示―練習―産出)シーケンスや課題支援型言語教授(task-supported language teaching)の発音版ともいうべきもので、長期的なシーケンスとして構想されています。
大まかにいえば、まず最初の授業で特定の音の対比を明示的に導入し(第1回)、その後の数回で精度重視の練習から流暢さ重視の活動へと移行し(第2・3回)、さらに焦点化されたコミュニケーション課題とフィードバックを組み合わせた活動へと発展させ(第4・5回)、最終的には非焦点化された自由な会話活動の中でも対象となる音の使用を意識させ続ける(第10・20回)というものです。フィードバックについても、知識の手続き化段階では即時的・直接的・明示的なものが適切で、自発的な使用段階では間接的・内省を促す形へと移行すべきだと論じます。
日本の英語教育への示唆
この論文の射程は、「外国語としての英語(EFL)環境」、特に目標言語への接触機会が教室外では限られ、母語話者との自発的なコミュニケーション機会も乏しいという状況を主に念頭に置いています。Pawlak自身もポーランドでの教育経験を背景にしており、中国での英語教育を例に挙げるなど、そのような文脈への深い親しみが文章の随所に感じられます。
日本の英語教育の状況は、まさにこのような典型例のひとつです。週数コマの英語授業が学習の主な場であり、授業外での英語使用機会は限定的な学習者が大半を占めます。そのような環境で発音指導を行う際、現状は依然として明示的な説明と統制された練習(音読、ミニマルペアの反復など)が中心であることが多く、Pawlakが「ほぼ克服不可能な挑戦」と表現する暗示的知識の発達が後回しになりがちです。
この論文が日本の英語教育現場に示唆することは少なくありません。発音テストを音読や個別の音の識別だけで評価するのではなく、自発的なスピーキング場面での発音も評価対象に含めること、授業での発音指導を一回完結のイベントではなく複数回にわたる継続的なプロセスとして設計すること、また教師教育プログラムにおいてこのような視点を盛り込むことの重要性が示されています。Pawlakが触れているように、教師が明示的・暗示的知識の区別を意識していなければ、そもそもこのような設計は難しいからです。
関連研究との対比―何が新しいのか
Saito & Plonsky(2019)の枠組みは、発音研究の測定問題を「統制された産出」と「自発的産出」という軸で整理したという点で重要な貢献ですが、受容面(聴解・知覚)については議論の外に置いていました。Pawlakはこの点を明確に指摘し、産出と受容の両側面にわたる測定の必要性を強調しています。また、SLA研究の本流でEllis(2004, 2005)が文法習得に対して行ったような系統的な整理を、発音研究にも持ち込もうとしている点は、研究分野の垣根を越えた貢献として評価できます。
一方で、SLA研究全体で盛んに議論されている「動的システム理論(Dynamic Systems Theory)」や「使用基盤モデル(Usage-Based Approach)」との接点は論文中でほとんど論じられていません。これらの視点からは、知識を「明示的」と「暗示的」に二分すること自体が問い直される可能性もあります。また、認知科学における近年の研究では、明示的・暗示的知識の区分が神経科学的な実証に基づいて精緻化されつつあり(Suzuki et al., 2023のfMRI研究など)、Pawlakが教育実践上の理由から「ざっくりした区分で十分」と割り切っている点は、理論的な水準からは批判を受ける余地があります。
批判的考察―論文の強みと限界
この論文の最大の強みは、理論・研究・実践という三つの領域を統合して論じようとする点にあります。SLA研究では、理論と教室実践の乖離がしばしば嘆かれてきましたが、Pawlakはその橋渡しを意識的に試みています。また、発音研究という「空白地帯」に既存の概念的枠組みを応用するという戦略は、研究の方向性として明確です。
一方で、いくつかの限界も指摘できます。まず、論文は実証研究を含まず、あくまで理論的・概念的な考察にとどまっています。Pawlak自身も論文が「探索的(exploratory)」な性格のものであることを冒頭で明示しており、ここで提案された枠組みが実際の学習者にどの程度有効かは、今後の実証研究を待たなければなりません。
また、個人差要因については「重要だ」という指摘にとどまり、具体的にどのような学習者特性がどのような発音指導と組み合わさるとよいかという細部の議論には踏み込めていません。さらに、発音指導の目標として「母語話者規範への接近」と「インテリジビリティ(相互理解可能性)」のどちらを重視するかという問題も、論文は意図的に「中立の立場をとる」として議論から外していますが、実際の教育実践ではこの選択が指導方法に大きく影響するため、この判断保留が現場への適用に際して一定の曖昧さを残します。
さらに付け加えるなら、論文が想定する「教室」は、ポーランドや中国のような形式的なEFL環境を念頭に置いており、例えば日本語話者が英語話者のパートナーと日常的に英語で話すような環境や、移民コミュニティ内での言語習得のような場面への適用については再考が必要かもしれません。
おわりに―「知っている」から「使える」へ
冒頭に戻りましょう。「thの発音を知っているのに、咄嗟には使えない」という現象は、まさにこの論文が取り上げる問題の縮図です。知識を持っているだけでは不十分で、それが自動化・手続き化されて初めて実際のコミュニケーションの道具になる―この当たり前のようで奥深い事実を、Pawlakはこの論文を通じて発音研究の文脈で改めて問い直しています。
論文は「答え」を提供するというよりも、問いを立てることに重点を置いた論考です。発音研究者には測定ツールの開発という宿題を、教室実践者には指導設計の見直しという課題を、教師教育者にはカリキュラムへの組み込みという問題を、それぞれ突きつけています。読後感としては、「なるほど、これは大事な問題だ。ではどうやって実証していくのか」という問いが自然と湧いてきます。それは論文の限界でもありますが、同時に今後の研究への誘いでもあります。
「知っている」と「使える」のあいだを埋める仕事は、教育の世界では常に最も地道で、最も重要な作業です。発音習得においてその作業がどうあるべきかを理論的に整理しようとしたこの論文は、現場の教師にとっても、研究者にとっても、出発点として読む価値のある一本です。
Pawlak, M. (2025). Explicit and implicit (automatized) knowledge of second language pronunciation: Implications for theory, research, and classroom practice. Foreign Language Annals, 58(2), 346–366. https://doi.org/10.1111/flan.12803
