この論文が向き合っている問いとは

語学を学んだことのある人なら、こんな経験があるのではないでしょうか。英単語を覚えても覚えても話せる気がしない、授業中に発言しようとしても「間違えたら恥ずかしい」という気持ちが先に立ってしまう、あるいは「自分には英語のセンスがない」と半ばあきらめてしまう。こうした感覚は、勉強量や知識の問題だけではなく、「自分にはできる(あるいはできない)」という内なる確信から来ていることが少なくありません。

今回紹介するのは、Yoshiyuki Nakata(同志社大学)、Osamu Takeuchi(関西大学)、Maya Sugita McEown(早稲田大学)の三名によって書かれた論文”Ability beliefs: Why believing in your ability matters in self-regulated language learning”(2025年、Studies in Second Language Learning and Teaching 掲載)です。この三名はいずれも日本の大学に所属する応用言語学・第二言語習得の研究者であり、特にNakataは英語学習者の自己調整プロセスに関する複数のケーススタディで知られています。Takeuchiは学習ストラテジー研究の分野で長年にわたって業績を積み重ねており、Sugita McEownは動機づけと自律的学習の関係を専門にしています。この三名が共同で取り組むことで、学習者の心理・行動・社会環境という複数の側面を同時に見渡す論文が生まれたといえます。


「能力信念」とは何か―自己効力感とマインドセット

この論文の中心的な概念は「能力信念(ability beliefs)」です。これは、「自分がどれだけ言語を学べる力があるか」についての学習者自身の認識や確信のことを指します。難しそうに聞こえますが、要するに「自分はできる、あるいはできない」という自己評価のことです。

この能力信念は大きく二つの要素から成り立っています。一つは「自己効力感(self-efficacy)」で、特定の課題をこなせるかどうかについての具体的な見通しです。「次のスピーチテストで発表をうまくやり遂げられそうだ」という感覚が、まさに自己効力感の一例です。もう一つは「マインドセット(mindset)」で、こちらはもっと根本的な信念、つまり「能力というのはそもそも成長するものか、それとも生まれつき決まっているものか」についての考え方です。前者を「成長マインドセット(growth mindset)」、後者を「固定マインドセット(fixed mindset)」と呼びます。

心理学者のCarol Dweckが提唱したこのマインドセット概念は、学習者の行動パターンに非常に大きな違いをもたらします。成長マインドセットを持つ学習者は、難しい課題に直面したときに「努力すれば上手くなれる」と考えて挑戦しつづける傾向がありますが、固定マインドセットの学習者は「失敗したら自分の能力のなさが証明されてしまう」と恐れ、簡単な課題を好んで選んだり、困難な場面で早々にあきらめてしまったりします。


自己調整学習という「学びの筋道」

この論文を理解するもう一つの鍵は「自己調整学習(Self-Regulated Learning、SRL)」という概念です。これは、学習者が自分の学びを主体的にコントロールする過程のことです。ただ受動的に授業を受けるのではなく、目標を設定し、計画を立て、進捗を自分でモニタリングし、うまくいかなければやり方を修正していく、というダイナミックなサイクルです。

Zimmermanというアメリカの教育心理学者が提唱したモデルでは、自己調整学習は三つの段階に分けられています。最初の「予見段階(forethought phase)」では、「今日は発音練習を20分やろう」といった目標設定や計画立案が行われます。次の「実行段階(performance phase)」では、実際に学習が進む中で自分の状態をモニタリングし、感情をコントロールしながら課題に取り組みます。最後の「自己省察段階(self-reflection phase)」では、「今日の練習はどうだったか。うまくいったのはなぜか、うまくいかなかったのはなぜか」と振り返りを行います。この三段階が循環することで、学習者は少しずつ成長していくとされています。

能力信念はこのすべての段階に深く関与しています。「自分はきっとできる」という感覚があれば、高い目標を設定し、困難な場面でも粘り強く取り組み、失敗を「努力が足りなかった」として前向きに解釈することができます。一方、「どうせ自分には無理だ」という思いが根底にあると、最初から控えめな目標しか立てられず、失敗に敏感になり、自己評価も歪んでいきます。


自己効力感と学習ストラテジーの相互強化

論文の第一の柱は、自己効力感と学習ストラテジーの関係です。学習ストラテジーとは、語彙を覚えるための記憶術、読解のための文脈推測、スピーキングの予行演習など、学習者が目標達成のために使う具体的な方法論のことです。

重要な発見は、自己効力感と学習ストラテジーは切り離して考えられないという点です。たとえどれほど優れた学習方法を知っていても、「やってみても無駄だろう」という気持ちがあれば、その方法を実際に使う気にはなれません。Chen(2022)の研究では、学習ストラテジーを積極的に活用するための「前提条件」として自己効力感が機能していることが示されており、Anam and Stracke(2016)も同様に、自己効力感が乏しければストラテジーの知識そのものが空回りすることを指摘しています。

さらに興味深いのは、この関係が一方向ではなく循環的であるという点です。論文中のFigure 1に示されているように、過去の経験が自己効力感を形成し、自己効力感がストラテジー使用を促し、ストラテジー使用が学習への取り組み(エンゲージメント)を高め、それが学習成果につながり、その成果がまた新たな「できる」という経験として自己効力感を強化していく、というループが描かれています。成功が成功を呼ぶという、好循環のメカニズムです。逆に言えば、このループが最初から閉じてしまっていると、失敗が失敗を呼ぶ悪循環になってしまいます。

教育実践への示唆として、この論文はストラテジー指導(学習方法を意識的に教えること)が自己効力感の向上にも貢献することを指摘しています。Chen(2022)のメタ分析では、ストラテジー指導の効果量がストラテジー使用の改善と自己効力感の向上でほぼ同等であったことが示されており、両者を同時に育てる指導の重要性がうかがえます。


マインドセットが動機づけの流れを変える

論文の第二の柱は、マインドセットと動機づけの関係です。ここでは「目標志向(goal orientation)」「課題価値(task value)」「帰属(attribution)」という三つの概念が登場します。

目標志向とは、何のために勉強するのかという学習の方向性のことです。「英語力を本当に伸ばしたい」という熟達目標(mastery goal)と、「テストでよい点を取りたい、他人よりうまく見られたい」というパフォーマンス目標(performance goal)に大別されます。成長マインドセットを持つ学習者は熟達目標を持ちやすく、固定マインドセットの学習者はパフォーマンス目標に傾きやすいことが、複数の研究で一貫して示されています。

課題価値については、成長マインドセットの学習者ほど挑戦的な課題に積極的に取り組む傾向があります。「難しいからこそ、乗り越えたとき自分が成長できる」という感覚を持てるからです。一方、固定マインドセットの学習者は、失敗によって自分の能力の低さが露呈することを恐れるため、簡単な課題や「絶対に成功できる」という保証がある活動を好む傾向があります。

帰属については、同じ失敗経験でも解釈の仕方が根本的に異なります。成長マインドセットの学習者は「努力が足りなかった、方法が悪かった」と考えて次に活かそうとしますが、固定マインドセットの学習者は「自分に才能がないから仕方ない」と帰属させてしまい、いわゆる「学習性無力感(helpless response)」に陥りやすくなります。これは、Robins and Pals(2002)やLou and Noels(2016)の研究によって実証的に支持されています。


社会環境と能力信念の相互作用

論文のもっとも独自性の高い部分が、第三の柱である「社会的調整(social regulation)」との関連です。自己調整学習というと個人の内面のプロセスに注目しがちですが、実際の教室では学習者は孤立して学んでいるわけではありません。教師からのフィードバック、クラスメートとの協働、教室の雰囲気――これらすべてが学習者の能力信念に影響を与えます。

論文では、Hadwinらの枠組みに基づき、学習の調整形態を三つに区別しています。「個人的な自己調整(SRL)」だけでなく、「協同調整(co-regulated learning)」や「社会的共有調整(socially shared regulation)」が学習者の発達を支える可能性があるという考え方です。

なかでも注目すべきは、「社会的共有調整」の教室環境がもつ力です。Nakataらの調査では、教室全体が協力的な雰囲気に包まれ、教師が一部の生徒だけでなく全員を等しく支援し、学習者が「間違えても大丈夫」と感じられる環境では、もともと自己効力感の低い学習者でさえ積極的にL2を使い始め、能力信念が徐々に変化していくことが確認されています。これはVygotskyの「最近接発達領域(zone of proximal development)」の概念とも重なります。できる学習者とできない学習者が互いに支え合い、できる学習者は教えることで自分の理解を深め、できない学習者は適切な足場かけ(scaffolding)を受けて少しずつ自律性を高めていく、そういう動態が教室の中に生まれるわけです。


日本の英語教育への示唆

この論文の知見は、日本の英語教育に直接的な意義を持ちます。日本の英語教育文脈は「外国語としての英語(EFL)環境」であり、日常生活の中でネイティブスピーカーと接触する機会は非常に限られています。こうした環境では、学習者の意欲や自己効力感が学習の質に対して大きな影響を持ちます。

日本の多くの英語の授業では、依然として文法説明や訳読が中心で、生徒が実際に英語を「使う」場面が少ない傾向があります。しかし本論文が示すように、自己効力感は「成功体験の積み重ね」によって育まれます。小さな発話の成功、聞き取れたという喜び、ペアワークで伝わったという実感、こうした経験の蓄積こそが、「自分にも英語が使える」という確信を育てていきます。したがって、授業の中に達成感を得やすい活動を適切に組み込むことが、能力信念を育てるための実践的な第一歩になります。

また、教師自身のマインドセットも学習者に影響を与えることを忘れてはなりません。「英語の才能のある子とない子がいる」という固定的な見方を教師が持っていると、意図せずしてそれが学習者に伝わり、学習者側の固定マインドセットを強化してしまう可能性があります。逆に、「努力と工夫で必ず伸びる」というメッセージを教師が言葉や態度で示しつづけることが、学習者の成長マインドセット形成に貢献します。


関連研究との対比と本論文の位置づけ

自己調整学習や自己効力感に関する研究は1990年代から蓄積されてきており、この論文はその流れを引き継ぎつつ、近年の「社会的調整」研究の広がりと接続しようとしています。とくに、個人の内的プロセスに焦点を当てた従来のZimmermanモデルを、教室という社会的文脈に拡張するHadwinらの枠組みと統合した点は評価できます。

一方で、類似する先行研究と比較すると、本論文は実証データの収集・分析よりも文献レビューと理論的整理に重点を置いていることがわかります。これは意図的な選択であり、SRL・能力信念・社会的調整という三つの研究領域を横断する「理論地図」を提供することを目的としているからです。こうした総覧的な論文は、これから実証研究を行う研究者にとって有用な出発点になりますが、個々の主張を裏づける新たなデータが本論文内では示されていないという限界もあります。

また、本論文はEFL文脈、特に日本や東アジアの文脈を強く意識して書かれている点で特徴的です。日本語や中国語といった英語と類型的に遠い言語を母語とする学習者は、英語を習得するうえで語彙・文法・音声の面でいずれも大きな距離を超えなければならず、そのぶん学習の困難に直面する場面が多く、自己効力感が損なわれやすいと考えられます。本論文がこの文脈を前提としている点は、日本の読者にとって実践的関連性を高めています。


独自の学術的考察―何が問われていないか

批判的に見るならば、本論文にはいくつかの問いが残されています。まず、能力信念の「測定の問題」です。自己効力感やマインドセットはいずれも質問紙調査によって測定されることが多いのですが、学習者が自分の信念を正確に言語化・報告できるかどうかは自明ではありません。特に日本の文脈では、控えめに答える傾向(謙遜バイアス)や、社会的に望ましい回答をしようとする傾向が測定値を歪める可能性があります。

次に、能力信念の変容プロセスについて、本論文は「変えられる」という方向性を示していますが、「いつ、どのように、どの程度まで変えられるか」については十分に踏み込んでいません。成人学習者と子ども・青年学習者とでは、マインドセットの可塑性(変えやすさ)が異なるという研究も存在しており、教育現場ではこの点をより精密に考慮する必要があります。

さらに、文化的文脈の問題もあります。Ryan and Mercer(2012b)が日本とオーストリアの英語学習者を比較した研究では、マインドセットのパターンに文化差が見られることが示されています。日本社会には「努力すれば報われる」という努力主義的価値観が根強くある一方で、「自分を能力のある者として見せることへの抵抗感」も存在します。これは成長マインドセット的な帰属と固定マインドセット的な行動が共存するという、複雑な心理的様相につながります。本論文の枠組みはこうした文化的複雑さを十分に取り込んでいるとは言いがたく、今後の研究課題として残されています。


まとめにかえて

本論文は、「自分にできる」という確信が言語学習においていかに重要であるかを、自己調整学習の理論的枠組みから多角的に論じた力作です。ストラテジー使用・動機づけ・社会的調整という三つの視点を統合することで、個人の内面から教室の環境まで、能力信念が働く場を包括的に描こうとしています。

読んでいて感じるのは、「信じる力」は学習の補助輪のようなものではなく、むしろ学習そのものを駆動するエンジンだということです。よい学習方法を知っていても、動機があっても、「どうせ無理だ」という確信が根底にあれば、それらはうまく機能しません。逆に言えば、能力信念を適切に育てることは、指導技術や教材開発と同様に、あるいはそれ以上に重要な教育的課題といえるでしょう。

日本の英語教育が長年「教えても話せない」という課題に直面してきた背景には、学習量や機会の不足だけでなく、「自分には英語は無理」という根深い無力感の広がりがあるかもしれません。本論文が提示する理論的枠組みは、その問題に新たな角度から光を当てるものとして、実践家にも研究者にも読む価値のある一篇です。


Nakata, Y., Takeuchi, O., & Sugita McEown, M. (2025). Ability beliefs: Why believing in your ability matters in self-regulated language learning. Studies in Second Language Learning and Teaching, 15(2), 375–399. https://doi.org/10.14746/ssllt.48246

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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