はじめに―「できる」と「適切に使える」は別の話
外国語の学習を経験したことがある方なら、こんな場面を思い当たる節があるかもしれません。文法的には正しい文を作れるのに、なぜか相手に違和感を与えてしまった、あるいは逆に、文法的に怪しくても不思議とコミュニケーションがうまくいった、という経験です。これは偶然ではなく、語用論―つまり「状況に応じた言葉の使い方」―という能力に関わっています。
英語でメールを書くとき、目上の人に謝罪の言葉を述べるとき、冗談を言うとき、断りを切り出すとき、文法や語彙の正確さだけでは乗り越えられない壁があります。その壁を越えるために必要なのが「語用論的能力(pragmatic competence)」であり、第二言語教育の世界ではこの能力をどう育てるか、そしてどんな学習者がどう伸びるかが長年の研究テーマとなってきました。
本稿で取り上げるのは、香港中文大学のLan ZhangとScott Aubreyが2024年に発表した論文”The role of individual differences in second language pragmatics: A systematic review”(『International Journal of Applied Linguistics』掲載)です。この論文は、2000年から2023年の間にSSCI(社会科学引用索引)掲載誌に発表された86本の実証研究を体系的に分析し、「学習者の個人差が第二言語の語用論的能力にどう影響するか」を包括的にまとめた意欲的な文献レビューです。
著者のLan Zhangは応用言語学を専攻するPhD候補者であり、指導教員であるScott Aubreyは第二言語動機づけとタスク型言語教育の専門家として知られています。二人が組むことで、質的・量的の両面から「学習者という人間」をとらえようとする視点がこの論文に色濃く反映されています。
語用論的能力とは何か―「正しさ」を超えた言語運用
まず「語用論的能力」という概念を整理しておく必要があります。Thomas(1983)が定式化したように、これは大きく二つの知識から成ります。一つは「語用言語的知識(pragmalinguistic knowledge)」、つまり特定の意図を表現するための言語形式の知識です。「もし~していただければ幸いです」という丁寧な依頼表現がこれにあたります。もう一つは「社会語用論的知識(sociopragmatic knowledge)」、つまりどの場面でどのような言語行動が適切かという文化的・社会的規範の知識です。
この二つを統合し、状況に応じて柔軟に運用できることが語用論的能力の核心です。論文が採用するTaguchi(2019)の定義では、さらに「行為主体性(agency)」―つまり規範にあえて従わない選択をする力も含まれています。この点は後述する「アイデンティティ」の問題と深く関わってきます。
語用論的能力の「測り方」も多岐にわたります。依頼・謝罪・断りといったスピーチアクト(発話行為)の生成、含意や皮肉の理解、ユーモアの把握、談話マーカーの使用、ターンテイキングの技術など、いずれも日常のコミュニケーションで当たり前のように機能していながら、第二言語学習者には大きな壁となりえるものばかりです。
86本の研究が語ること―誰が何を調べてきたか
この論文の方法論的な強みはその徹底した体系性にあります。Web of Scienceなどの電子データベースを複数のキーワードで検索し、最終的に27誌に掲載された86本を分析対象としています。PRISMA(系統的レビューのための報告ガイドライン)に従った選定プロセスは透明性が高く、コーディングの信頼性も二名による独立採点(Cohen’s κ値)で検証されています。たとえばID要因のコーディングではκ=0.922と高い一致率が示されており、方法論的に信頼できる分析と評価できます。
分析結果から浮かび上がる最も顕著な傾向は、研究の極端な偏りです。個人差要因の中で「L2熟達度(proficiency)」が全研究の71.6%を占めているのに対して、アイデンティティが10.5%、動機づけが5.3%、異文化能力が4.2%、認知的要因が3.2%と、その他の要因は極めて少数にとどまっています。「言語マインドセット」や「コミュニケーション意欲(willingness to communicate)」に至ってはそれぞれわずか1本しかありません。
これは、第二言語教育の研究者コミュニティが長らく「どれだけ文法や語彙を知っているか」という軸で語用論的能力を測ろうとしてきたことの反映です。熟達度は測定しやすく、比較しやすいという実用的な理由もあるでしょう。しかし、この偏りは研究の視野の狭さとも言えます。現実の言語使用場面では、熟達度だけでは説明しきれない複雑な要因が絡み合っているからです。
調査された語用論的特徴では、スピーチアクト(依頼・謝罪・断りなど)が57%を占め、含意(12.8%)や語用論的マーカー(9.3%)が続きます。測定様式としては、生成能力(61.6%)が中心で、理解(18.2%)、知覚(10.1%)、意識(10.1%)は少数にとどまります。対象言語は英語が圧倒的(61.6%)で、中国語(12.8%)、アラビア語(7.0%)と続きます。
熟達度の力―しかしそれだけではない
「語学が上手な人ほど状況に合った言葉を使える」という直感は、おおむね研究によって裏付けられています。86本のうち28本が熟達度と語用論的能力の関係を検討しており、多くの研究で両者の正の相関が確認されています。上級者はより多様な依頼方略を持ち、より効果的にそれを使いこなすという知見は繰り返し報告されています(Al-Gahtani & Roever, 2014; Bardovi-Harlig & Su, 2018等)。
しかし、見逃せない例外もあります。いくつかの研究では、熟達度と語用論的能力の関係が弱かったり、部分的にしか見られなかったりすることが示されています。Taguchi et al.(2022)のメタ分析でも、この関係は「中程度であって非常に強いわけではない」という評価が下されています。つまり熟達度は確かに重要な要因ではあるが、語用論的能力の全体を説明するには不十分だということです。
これは直感的にも納得できます。長年英語を勉強してきた日本人が、TOEIC高得点にもかかわらず外国人との雑談で空回りしてしまうのは、語彙や文法の問題ではなく、いつどんな言い方をすれば相手が心地よいかという社会的センスの問題であることが少なくないからです。
アイデンティティという複雑な変数
この論文が特に興味深いのは、「アイデンティティ」という質的にしか捉えにくい個人差要因を真剣に扱っている点です。韓国語を学ぶ中国人学習者が、自分のアイデンティティを守るために韓国語の語用論的規範に意図的に従わなかったという事例(Chen, 2022)や、中国語の上級学習者が挨拶の応答において目標言語の規範から自ら逸脱したという事例(Ying & Ren, 2022)が報告されています。
これらは「間違い」ではなく、「選択」です。言語学習者は文法ロボットではなく、自分のアイデンティティを持った人間として言語を使っています。「規範に合わせることが常に正しいわけではない」という視点は、これまでの語用論研究が暗黙のうちに抱えていた「目標言語の規範への同化を目指す」という前提を揺るがすものです。
こうした質的研究の重要性を認識し、定量的研究偏重への反省を促している点は、この論文の学術的貢献として評価に値します。
研究方法の趨勢―「スナップショット」から「動画」へ
研究デザインの観点からも、この論文は興味深い知見を示しています。86本のうち横断研究(cross-sectional design)が72.1%を占める一方、縦断研究(longitudinal design)は15.1%にとどまっています。横断研究は一時点でデータを取り比較するもので、管理しやすく結果も出やすい半面、「個人差は変化しない」という静的な前提に立っています。これは、個人差を「固定したラベル」として扱う古典的パラダイムの産物です。
これに対して、縦断研究や「社会動態的パラダイム(socio-dynamic paradigm)」に基づく研究は、個人差が文脈や時間とともに動的に変化するという立場をとります。たとえばLiu et al.(2022)の縦断研究では、英国に滞在した中国人英語学習者において、アイデンティティと語用論的能力が相互に影響しながら変化していく様子が記録されています。学習者の自己概念が言語使用を形作り、その言語使用の経験がまた自己概念を変えていくという双方向性は、横断研究では原理的に捉えられません。
分析手法については、2011年以降、混合研究法(mixed methods)が主流となりつつあるのが目立ちます。質的データと量的データを組み合わせることで、数字だけでは見えなかった学習者の内面が見えてくる。この傾向は研究の成熟を示すものとして歓迎されます。
指導と個人差―何が学習を促進するのか
教育実践の観点から特に注目されるのが、7本の実験的研究のまとめです。暗示的指導(implicit instruction)は作業記憶(working memory)の高い学習者に有利に働く一方、明示的指導(explicit instruction)はその差を埋める効果があること(Ahmadian, 2020)、高い内発的・コミュニケーション志向的動機を持つ学習者は熟達度にかかわらず語用論的特徴への気づきが高いこと(Takahashi, 2005, 2015)、上級者は指導の恩恵を受けやすいが下級者にはメタ語用論的フィードバックが有効なこと(Chen et al., 2023)といった知見が示されています。
これらを教室場面に引きつけて考えると、「全員に同じ教え方をする」ことの限界が見えてきます。授業設計において学習者の属性―熟達度、動機づけのスタイル、認知的資源―を考慮することの重要性が改めて浮き彫りになります。
日本の英語教育現場への示唆
この論文を日本の英語教育の文脈に置き換えてみると、いくつかの重要な点が見えてきます。
日本の学校英語教育では、長らく文法訳読法が中心であり、「正確さ(accuracy)」が重視されてきました。2020年代に入って「コミュニケーション英語」が強調されるようになりましたが、実際には語用論的能力の体系的な育成はまだ十分に行われていないのが現状です。たとえば、断り方、依頼の仕方、謝罪の表現など、文化的文脈に応じた言語行動の教育は、教科書に断片的に出てくるにすぎません。
この研究が示すように、語用論的能力はL2熟達度だけでは育たず、アイデンティティ、動機づけ、認知処理速度、異文化能力といった多様な個人差要因が絡み合っています。日本の教育現場においては、TOEIC・英検のスコアで熟達度を一元的に管理する傾向が強いですが、それだけでは語用論的能力の実態は見えてきません。学習者が「英語でどう振る舞うか」についての自己認識、つまりL2アイデンティティの育成も、教育目標に組み込む必要があるでしょう。
また、Takahashi(2005, 2015)の研究が示すように、動機づけのタイプ―特に内発的・コミュニケーション志向的動機―は、暗示的指導場面での語用論的気づきを大きく左右します。これは、日本の大学生が英語の語用論的能力を伸ばすうえで、「英語を使いたい」という内側からの動機をいかに育てるかが重要であることを示唆しています。海外研修や留学制度の充実、外国人との実際の交流機会の創出といった施策が、単なる語彙・文法力の向上以上の効果をもたらす可能性があります。
さらに、Sánchez-Hernández(2018)やTaguchi et al.(2016)が示すように、異文化能力と海外経験の組み合わせが語用論的発達に寄与することは、日本の大学における短期留学プログラムや異文化間教育の価値を再確認させてくれます。ただしShardakova(2005)のロシア語研究が示すように、目標文化への接触が必ずしも熟達度よりも強い影響力を持つわけではなく、効果は学習者の個人差によって異なります。画一的な「留学すれば伸びる」という期待ではなく、どの学習者にどんな支援が必要かという個別化の視点が求められます。
関連研究との対比―この論文の位置づけ
この論文はTaguchi et al.(2022)のメタ分析やXiao(2015)のレビューを明示的に参照しながら、先行研究の限界を超えようとしています。先行レビューが横断研究・量的研究・L2熟達度に偏っていたのに対し、本論文は質的研究・混合研究・多様な個人差要因を包含した点で、より広い視野を持っています。
SLA(第二言語習得)における個人差研究全体を見渡すと、Li et al.(2022)の大著『The Routledge Handbook of SLA and Individual Differences』が示すように、認知的・情意的・意欲的・社会人口学的差異という多次元の枠組みが提唱されています。本論文はこの枠組みを語用論研究に適用しようとしており、その接続の試みは評価できますが、情意的要因(不安・楽しみなど)はほとんどの研究で扱われておらず、レビューとしても十分に掘り下げられていないという指摘は避けられません。
複雑動的システム理論(Complex Dynamic Systems Theory)との接続も試みられていますが、Larsen-Freeman(2022)の枠組みを援用するにとどまり、動的変化のパターンを系統的に分析するには至っていません。この点は本論文の自認する限界でもありますが、今後の研究が引き受けるべき宿題として残っています。
批判的考察―この論文をより広い目で見ると
公正に評価するならば、この論文にはいくつかの方法論的な制約もあります。まず、SSCI掲載誌のみに限定したことによる出版バイアスの問題です。著者自身も認めているように、編著書や非SSCI誌に発表された重要な研究が除外されている可能性があります。特に質的・事例研究的なアプローチの多くは、単著本や編著章という形式で発表されることも少なくなく、その排除は「質的研究の重要性を強調する」という本論文の主張と若干矛盾する面があります。
また、「個人差」という概念がかなり幅広く用いられており、L2熟達度のような比較的客観的な変数から、アイデンティティのような極めて主観的・動的な構成概念までが同列に扱われています。これら異質な要因をまとめて「個人差」として議論することには一定の限界があります。
さらに、対象言語の偏りも見逃せません。英語が61.6%を占め、他の言語は相対的に少数です。語用論的規範は言語・文化によって大きく異なるため、英語中心の知見がどこまで他言語に一般化できるかは慎重に考える必要があります。日本語のような待遇表現体系が発達した言語での語用論的発達研究は、英語での知見とは異なる様相を示す可能性があります。
加えて、86本という数は広範な検索から厳選されたものとはいえ、各個人差要因ごとに見ると非常に少数です。たとえばコミュニケーション意欲の研究がわずか1本では、その要因に関して一般的な結論を出すことはほとんどできません。この点は今後の研究の必要性として受け取るべきですが、本論文でそれを過不足なく強調できているかは評価が分かれるかもしれません。
今後の研究への提言―筆者たちの主張の妥当性
論文の結論部で提示される今後の研究課題は、いずれも説得力があります。幽默(ユーモア)や皮肉の理解といった、熟達度だけでは説明しにくい語用論的能力の側面を、性格や異文化能力などの個人差と結びつけて研究することの必要性は確かです。
Idiodynamic Method(MacIntyre, 2023)やExperience Sampling Method(Hektner et al., 2007)といった瞬間的・経時的な情意状態を捉えるツールの活用提案も、理論的には興味深いものです。ただし、これらは実施コストが高く、参加者への負担も大きいため、大規模かつ長期の研究に組み込むのは容易ではありません。現実的な研究設計への具体的な提案が乏しい点は、やや楽観的に過ぎるかもしれません。
12ヶ月を超える縦断研究が一本もないという指摘も的確です。語用論的能力の長期的発達を「動態的」に捉えるためには、少なくとも2年以上の追跡研究が必要でしょう。しかしこれは資金・機関・協力者のすべてにおいて高いハードルを意味しており、フィールドとしての課題の大きさを改めて感じさせます。
まとめ―「個性」を知ることが教育を変える
Zhang & Aubrey(2024)の論文は、第二言語語用論における個人差研究の現状を包括的に整理した、現時点での最良のレビューの一つです。とりわけ、量的・質的の両方の知見を統合し、古典的パラダイムと社会動態的パラダイムの双方を視野に入れた点は、この分野の議論を前進させる貢献として評価できます。
言語を学ぶということは、単に語彙と文法を習得することではありません。誰かに何かを伝えるとき、どんな言葉を、どんなタイミングで、どんな関係性の中で使うか―そこには学習者の個性、文化的背景、感情、自己認識が不可分に絡み合っています。研究者がそのことを真剣に受け止め始めたこと自体が、この分野における重要な進歩です。
「一人ひとりの学習者を見る」という視点は、教育現場での実践にも通じています。教師が生徒の個性を理解し、その強みを生かした語用論的能力の育成を模索することは、英語教育の質を高めるうえで欠かせない視点でしょう。この論文はそのための理論的基盤を提供するとともに、まだ見ぬ答えへの問いを研究者と実践者の双方に投げかけています。
Zhang, L., & Aubrey, S. (2024). The role of individual differences in second language pragmatics: A systematic review. International Journal of Applied Linguistics, 34(4), 1316–1334. https://doi.org/10.1111/ijal.12573
