研究の背景―多文化社会における教育の現実

University of SheffieldのChris Dixon、Jenny Thomson、Silke Frickeらによるこの研究”Evaluation of an explicit vocabulary teaching intervention for children learning English as an additional language in primary school”は、現代の多文化社会が直面している教育上の重要な課題に取り組んでいます。イングランドでは、小学生の5人に1人以上(21.2%)が英語を追加言語として学んでいるという現状があります。これは決して特殊なケースではなく、多くの先進国で共通して見られる現象です。

著者らが指摘しているように、「EAL学習者」というラベルは便宜的なものに過ぎません。実際には、学校入学時点での英語能力は子どもによって大きく異なります。完全に流暢な子どももいれば、英語にまったく触れたことがない子どももいるのです。しかし、教育現場では、これらの子どもたちが英語を母語とする同級生と一緒に学ぶことで、自然に英語を習得することが期待されています。まるで、泳げない子どもをプールに放り込めば泳げるようになるだろうと期待するようなものかもしれません。

語彙力の格差―見過ごされがちな問題

この研究が焦点を当てているのは、語彙知識の格差という問題です。国際的な研究によれば、バイリンガルの子どもたちは、受容語彙や表出語彙、文法、聞き取りや読解理解において、モノリンガルの同級生よりも低いパフォーマンスを示す傾向があります。ただし興味深いことに、音韻認識や単語読解といった技能では差が見られないことが多いのです。

さらに問題なのは、こうした格差が時間とともに自然に縮まるわけではないという点です。縦断的研究は、通常の教室での指導だけでは、この差がほとんど縮まらないか、わずかにしか縮まらないことを示しています。これは、語彙知識が言語的なインプットのパターンに大きく依存しているためです。

たとえて言えば、英語を母語とする子どもたちは毎日英語のシャワーを浴びているのに対し、家庭で別の言語を話すEAL学習者は、学校にいる時間だけ英語のシャワーを浴びているようなものです。しかも、その間も学習すべき内容は同じペースで進んでいきます。著者らが「動く標的」と表現しているように、EAL学習者は常に追いかける立場に置かれているのです。

研究デザイン―小規模だが丁寧な試み

この研究では、Year 4(8~9歳)の12名のEAL学習者を対象に、10週間の語彙介入プログラムを実施しました。参加した子どもたちは、より大規模な縦断研究に参加していた48名の中から選ばれており、3つの標準化された語彙テストのうち2つ以上で平均より1標準偏差以上低いスコアを示した子どもたちです。

介入は週1回、約25分間、1対1で行われました。指導を担当したのは、言語聴覚療法を学ぶ大学生たちでした。これは興味深い選択です。専門家ではなく訓練を受けた学生でも効果的な指導ができるかどうかを検証する意味もあったと考えられます。

教える語彙として選ばれたのは、いわゆる「Tier-2語彙」と呼ばれるものです。これは、成熟した言語使用者にとっては高頻度で使われ、様々な文脈で出てくる語彙のことです。たとえば「distant(遠い)」「furious(激怒した)」「persuade(説得する)」といった言葉です。基本的な概念は知っていても、より洗練された表現を学ぶ段階にある子どもたちに適した語彙といえます。

指導方法―多様なアプローチの組み合わせ

この研究の指導方法は、複数の要素を組み合わせた包括的なアプローチを取っています。各セッションは、まずワードゲームから始まります。これは、子どもたちの動機づけを高め、言葉への注意と意識を促すためです。学習を「楽しい」ものにすることの重要性を、著者らはよく理解しているようです。

次に、目標語彙が含まれた短い物語を読みます。たとえば、「distant」という言葉を教える際には、2人の友人が美術館に行く話を使います。美術館は遠い町にあるので、公共交通機関を使わなければならないという内容です。物語の中には「Thorpetown is quite distant, so it’s a long way to walk(Thorpetownはかなり遠いので、歩くと長い道のりだ)」といった具合に、文脈の中で語の意味を理解できるような手がかりが埋め込まれています。

その後、文判断や文完成の課題が続きます。文判断では、目標語彙を含む文が正しく使われているかどうかを判断させます。文完成では、「I’m going to the capital to…(首都に行って…する)」といった文の空欄を埋めさせます。

特に興味深いのは、セマンティックマップ(意味地図)を作る活動です。目標語彙を中心に書き、そこから連想される言葉、類義語、反対語、関連する概念、個人的な経験などを書き出していきます。これは子どもたちの創造性を引き出し、指導者との対話を促します。たとえば、「distant」について考える際に、「遠くに行った経験はある?」と尋ねることで、単なる暗記ではなく、深い理解を促そうとしています。

セッションの最後には、子どもたちに自分で文を作らせ、「子どもに優しい定義」と写真やイラストが載ったフラッシュカードを提供して、学習を定着させます。

評価方法―多面的な語彙知識の測定

この研究の評価方法も注目に値します。著者らは、標準化されたテストではなく、独自の語彙知識評価を作成しました。これは、語彙の成長をより敏感に測定できるという先行研究の知見に基づいています。

評価は2つの側面から行われます。1つは「語スコア」で、子どもたちに語の意味を説明させるものです。ただし、大人のような完璧な定義を求めるのではありません。部分的な定義、状況に関する情報、関連する概念、属性や機能、類義語や反対語、さらには非言語的な反応(遠くを指差すなど)まで、様々な形での理解を認めています。これは、語彙知識が単一の能力ではなく、多面的なものであることを反映しています。

もう1つは「文スコア」で、子どもたちに目標語彙を使った文を作らせます。ここでは、統語(品詞が正しく使われているか)、形態(活用に誤りがないか)、意味(語の特徴的な意味が反映されているか)の3つの観点から評価します。単に「I was miserable(私は惨めだった)」と言うよりも、「I was miserable and felt like crying because my friend moved away(友達が引っ越してしまって、私は惨めで泣きたい気持ちだった)」と言えれば、より深い理解を示していると判断されます。

研究結果―統計的に有意な改善

結果は励みになるものでした。教えられた20語について、介入前から介入後にかけて、統計的に有意な向上が見られました。効果量(r = .62)は中程度から大きい範囲に入ります。さらに重要なのは、6ヶ月後の追跡調査でも、この知識がほぼ維持されていたことです。

興味深いことに、教えられなかった対照語彙については、介入後にわずかな向上は見られたものの、統計的に有意なレベルには達しませんでした。これは、介入の効果が特定の語彙に対する指導によるものであることを示しています。

個々の子どもを見ると、反応には幅がありました。ある子どもは事前テストで16点だったのが事後テストで51点に上昇し(219%の増加)、別の子どもは53点から61点への上昇にとどまりました(15%の増加)。この違いが何によるものかは、この研究だけでは明らかになりません。

研究の強みと限界―慎重な解釈が必要

この研究にはいくつかの強みがあります。まず、対照語彙を設定したことで、指導の特異的な効果を測定しようとしている点です。また、介入開始前に「ダブル事前テスト」を実施することで、指導前の自然な成長の程度を測定しようとしています。さらに、6ヶ月後の追跡調査により、知識の定着を確認しています。

しかし、著者ら自身も認めているように、限界もあります。最も大きな問題は、対照群がないことです。つまり、介入を受けなかった同様の子どもたちと比較することができないのです。12名という小さなサンプルサイズも、結果の一般化可能性を制限します。

また、評価者が指導の内容を知っていたこと(盲検化されていなかったこと)も、バイアスの可能性を残します。たとえて言えば、自分が料理した料理を自分で評価するようなもので、無意識のうちに甘い評価をしてしまう可能性があります。

さらに、この研究では事前テストの一部を介入を担当した学生が実施しています。著者らは「物流上の制約」と説明していますが、これも評価の信頼性に影響を与える可能性があります。

実用的な意義―教育現場への示唆

それでも、この研究は実用的な観点から重要な示唆を提供しています。第一に、訓練を受けた大学生でも効果的な語彙指導ができることを示しています。これは、リソースが限られた学校現場では重要な発見です。専門家だけでなく、適切な訓練を受けたボランティアや教員補助員でも、効果的な支援ができる可能性を示唆しています。

第二に、週1回25分という比較的軽い負担の介入でも、意味のある効果が得られることを示しています。著者らは「低強度」という表現を使っていますが、これは現実的な実施可能性を考える上で重要です。

第三に、1対1の指導が効果的である可能性を示しています。ただし、著者らも指摘しているように、小グループでも同様の効果が得られるかどうかは、今後の検証が必要です。

理論的な貢献―語彙学習における「深い処理」

この研究は、語彙指導における「深い処理」の重要性を実践的に示しています。深い処理とは、単に語を暗記するのではなく、その語について考え、議論し、個人的な経験と結びつけることを意味します。

セマンティックマップの活動がその好例です。子どもたちは、「coast(海岸)」について考える際に、「river(川)」や「lake(湖)」といった関連する語彙との違いを議論しました。これは、単に「海岸とは海と陸が接する場所である」という定義を暗記するよりも、はるかに深い理解につながります。

また、物語の中で語を提示することの効果も示唆されています。子どもたちは、定義を与えられたときよりも、物語の文脈から得た理解をもとに、自分の文を作ったり説明をしたりする傾向が見られました。これは、語彙学習において文脈が重要な役割を果たすことを示しています。

測定の複雑さ―語彙知識とは何か

この研究が採用した評価方法は、語彙知識の複雑さを浮き彫りにしています。従来の語彙テストの多くは、正しい定義を選ぶといった単純な課題ですが、実際の語彙知識はもっと多面的です。

ある子どもは「rescue(救助する)」について、「like if a cat’s stuck in a tree, you ring the firefighter(猫が木に登って降りられなくなったら、消防士に電話する)」と説明しました。これは大人のような簡潔な定義ではありませんが、その語の核心的な意味を理解していることを示しています。

また、文を作る課題では、文法的には正しくても、語の特徴的な意味を示していない場合がありました。たとえば「I was miserable」という文は文法的には正しいですが、「miserable」という語の特徴的な使い方を示しているとは言えません。一方、「I was miserable and felt like crying because my friend moved away」という文は、その語がどのような状況で使われるかをよく示しています。

興味深いことに、一部の子どもは文法的な誤りを犯していました。「my friend thrilled at his brother(私の友達は彼の兄弟に興奮した)」といった文では、「thrilled」の使い方が適切ではありません。著者らは、こうした産出面での誤りが、その子どもが介入から利益を得にくいことを示す指標になる可能性を指摘しています。

個人差の問題―すべての子どもに効くわけではない

この研究で明らかになった重要な点の1つは、介入への反応に大きな個人差があることです。前述のように、ある子どもは219%もスコアが上昇したのに対し、別の子どもは15%の上昇にとどまりました。

この違いの原因について、研究では明確な答えを提供していません。可能性としては、子どもたちの既存の言語能力、動機づけ、注意力、家庭での言語環境など、さまざまな要因が考えられます。

実施記録によれば、学校の騒がしい環境、一部の子どもが必要とした多くのサポート、答えの説明や正当化の困難さなどが課題として挙げられています。一方で、多くの子どもたちは個人的な経験について話すことを楽しみ、フラッシュカードと子ども向けの定義が語の意味を明確にするのに役立ったという報告もあります。

こうした個人差は、教育介入の一般的な課題です。すべての子どもに効く「魔法の方法」は存在しません。むしろ、個々の子どもの特性やニーズに応じた柔軟な対応が必要だということを、この研究は示唆しています。

より広い文脈での意義―バイリンガリズムと教育

この研究を、より広い文脈で考えてみる価値があります。バイリンガリズムは、著者らが指摘するように、カテゴリー的な現象ではなく次元的な現象です。つまり、「バイリンガルである」か「そうでないか」という二者択一ではなく、連続体上のどこかに位置するということです。

EAL学習者の中には、英語がほぼネイティブレベルの子どももいれば、学校入学時にまったく英語を話せない子どももいます。家庭で英語をまったく話さない子どももいれば、両親の一方が英語話者である子どももいます。この研究の参加者の背景情報からも、そうした多様性が見て取れます。10名の子どものうち、英国外で生まれたのは1名だけで、家庭でまったく英語を話さないのは2名だけでした。

こうした多様性を考えると、EAL学習者を一括りにして扱うことの問題が見えてきます。実際、この研究では、語彙に弱点があるEAL学習者に焦点を絞っています。これは賢明な選択ですが、同時に、EAL学習者の中にも様々なサブグループが存在することを示しています。

将来の研究への道筋―未解決の問題

この研究は、多くの重要な問題を提起していますが、すべてに答えているわけではありません。著者ら自身も、今後の研究の方向性をいくつか示唆しています。

まず、より大規模で、対照群を含む研究が必要です。ランダム化比較試験の形式を取れば、介入の効果をより確実に評価できます。

次に、指導の形態についての検証が必要です。1対1の指導は効果的ですが、コストと時間がかかります。小グループでも同様の効果が得られるのか、教員補助員でも効果的な指導ができるのか、といった実用的な問題を検証する必要があります。

また、どのような子どもがこの種の介入から最も利益を得るのか、という問題もあります。この研究では、文法的な誤りが介入効果の予測因子になる可能性が示唆されていますが、より詳細な分析が必要です。

さらに、学習した語彙が実際の読解や学業成績にどのような影響を与えるのか、という点も重要です。この研究では20語の語彙を教えましたが、それが子どもたちの全体的な言語能力や学業成績にどう影響するかは明らかではありません。

教育政策への含意―制度的な支援の必要性

この研究の知見は、教育政策にも重要な示唆を与えます。著者らが指摘しているように、EAL学習者は国の読み書き評価で一貫して低いパフォーマンスを示しています。これは、現在の教育システムがこれらの子どもたちのニーズに十分に対応していないことを示唆しています。

通常の教室での指導だけでは、語彙知識の格差は縮まりません。著者らが「動く標的」と表現したように、EAL学習者が到達しようとしている目標自体が、彼らの進歩と同じ速さで動いているのです。これは、追加的な支援なしには、格差が固定化してしまう可能性を示唆しています。

この研究が示すのは、比較的軽い負担の介入でも、適切に設計され実施されれば、意味のある効果が得られる可能性です。しかし、そのためには、訓練を受けた人材、適切な教材、そして何より、こうした支援を必要とする子どもたちを特定し、支援を提供するシステムが必要です。

実践への橋渡し―研究から教室へ

研究の知見を実際の教室に適用する際には、いくつかの課題があります。この研究では、訓練を受けた大学生が1対1で指導を行いましたが、実際の学校現場では、そのようなリソースが常に利用できるわけではありません。

しかし、この研究が示した指導の原則―定義と文脈の組み合わせ、深い処理を促す活動、個人的な経験との結びつけ―は、様々な場面に応用できる可能性があります。たとえば、教員が通常の授業の中で新しい語彙を導入する際に、これらの原則を取り入れることができるかもしれません。

また、この研究で使用された活動の多くは、特別な材料や専門的な訓練を必要としません。セマンティックマップを作る、文判断をする、個人的な経験について話す、といった活動は、適切な指導があれば、多くの教育者が実践できるものです。

結論―小さな一歩としての意義

この研究は、完璧ではありません。サンプルサイズは小さく、対照群はなく、一般化可能性には限界があります。しかし、それでもこの研究は重要です。なぜなら、見過ごされがちな問題に光を当て、実用的な解決策の可能性を示しているからです。

著者らが述べているように、すべての語彙知識を明示的に教えることはできません。しかし、選択的にTier-2語彙を教えることで、EAL学習者が学校のカリキュラムにアクセスしやすくなり、最終的には学業成績の向上につながる可能性があります。

この研究が提供するのは、確定的な答えではなく、1つの可能性です。10週間、週1回25分の指導で、12名の子どもたちが20語の語彙知識を有意に向上させ、6ヶ月後もその知識を保持していました。これは小さな成果かもしれませんが、適切に拡大され、改善されれば、多くの子どもたちの教育機会を広げる可能性を秘めています。

最後に、この研究が示すもう1つの重要な点は、研究者と実践者の協働の可能性です。言語聴覚療法を学ぶ学生たちが介入を実施し、効果を上げたという事実は、大学と学校、研究と実践の架け橋となる可能性を示しています。このような協働を通じて、研究の知見が実際の教育現場に届き、現場の経験が研究を豊かにするという、双方向の関係が築ける可能性があるのです。


Dixon, C., Thomson, J., & Fricke, S. (2020). Evaluation of an explicit vocabulary teaching intervention for children learning English as an additional language in primary school. Child Language Teaching and Therapy, 36(2), 91–108. https://doi.org/10.1177/0265659020925875

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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