はじめに―「使える教え方」を求めて

英語教育の現場にいると、どうしても「効果的な学習法」を探し求めてしまうものです。「語彙は反復が大事」「文法は体系的に」「とにかくアウトプットを」―書店の語学コーナーに並ぶ本のタイトルを眺めていると、まるで万能の方程式がどこかに存在するかのような錯覚に陥ります。筆者も英語教育に携わる者として、そんな「黄金律」への誘惑を感じたことが何度もあります。しかし今回取り上げる論文は、そうした思い込みを静かに、しかし鮮やかに裏切ってみれます。

Wu, Wen, Lu, Liu(2025)による”Learning factors influencing second language proficiency: a cross-cultural comparative study of English and Chinese L2 learners”(BMC Psychology掲載)は、英語を学ぶ学習者(ESL)と中国語を学ぶ学習者(CSL)を並べて比較することで、第二言語習得における「学習動機」「学習方略」「学習スタイル」の三変数が、言語や文化の違いによってまったく異なる働きをすることを実証した研究です。著者らは中国・Navy Medical University、英・University of Warwick、Guangxi Normal Universityに所属する研究チームであり、中国語母語話者がESLを学ぶケースと、英語母語話者がCSLを学ぶケースという、鏡のように対称的な状況を比較の俎上に載せました。

研究の概要―312人のデータが語ること

研究には312名の大学生が参加しました。ESL学習者は194名の中国人学生、CSL学習者は118名の英語母語話者です。参加者はいずれも19歳から22歳の大学生で、SNSを通じて募集されました。

測定には三種類の確立されたツールが使われています。学習動機はGardnerの理論に基づく質問紙で「統合的動機」(目標言語の文化や共同体に溶け込みたいという欲求)と「道具的動機」(就職や進学など実利的目的)に分類しました。学習方略はOxfordが開発したSILL(Strategy Inventory for Language Learning)で、記憶・認知・補償・メタ認知・情意・社交の六次元を測定します。学習スタイルはReidのPLSPQ(Perceptual Learning Style Preference Questionnaire)で、視覚・聴覚・触覚・身体感覚・個人・グループの六種を扱います。英語の習熟度はCET-4およびCET-6(中国の大学英語試験)、中国語の習熟度はHSK-3およびHSK-4(漢語水平考試)で測定し、データはSPSSを用いた相関分析と重回帰分析で処理されました。

核心的発見その一―動機と方略の関係はESLにのみ成立する

第一の発見は、学習動機と学習方略の関係についてです。ESL学習者(CET-6グループ)では、統合的動機が強いほど補償・メタ認知・情意・社交方略を多く使う傾向が確認されました。CET-4グループでも、道具的動機と記憶方略、統合的動機と社交方略のあいだに有意な相関が見られました。これはGardner & MacIntyre(1993)やTamada(1996)の先行研究と整合する結果です。動機が強ければ方略も豊かになる―いかにも「そうだろう」と思える話です。

ところがCSL学習者(HSK-4グループ)では、動機の種類に関係なく、いかなる学習方略との間にも有意な相関が検出されませんでした。HSK-3グループでは道具的動機と認知方略のあいだに限定的な関係が見られましたが、ESLで観察されたような体系的な連動は存在しませんでした。

これは単に「データが足りなかった」という話ではありません。著者らはHSK-4グループにおける動機と方略の無相関を、試験難易度の高さや中国語学習特有の文化的障壁など、まだ解明されていない別の要因が介在している可能性として真摯に論じています。つまり、「動機づければ方略も変わる」という教育的常識が、中国語学習の文脈では必ずしも通用しないのです。

核心的発見その二―方略使用と習熟度の「逆転現象」

論文で最も驚くべき発見は、学習方略と習熟度の関係における逆転です。

ESL学習者については、CET-6グループで六種類すべての方略と習熟度のあいだに有意な正の相関が確認されました。方略を使えば使うほど、英語が上手くなる。CET-4グループでも、メタ認知・社交方略と習熟度のあいだに正の相関が見られました。これもまた先行研究と一致する「お馴染みの」結果です。

しかしCSL学習者では、まったく逆の現象が起きていました。HSK-4グループでは六種類すべての方略と習熟度のあいだに有意な「負の」相関が見られました。つまり、中国語の上級学習者ほど学習方略を使っていないのです。HSK-3グループでも、記憶・認知・メタ認知・社交方略と習熟度のあいだに負の相関が確認されました。

日本の英語教育の常識から考えると、これは非常に奇妙に見えます。「方略を使えばうまくなる」という前提が崩れているのですから。

著者らはこの逆転現象を三つの角度から説明しています。一点目は言語的特性の違いです。英語は文法規則が比較的規則的で、系統的な方略学習が効果を上げやすい。一方、中国語は高度に表意的で文脈依存性が強く、方略に頼りすぎると規則の抽出・適用に意識が向きすぎて、言語本来の柔軟性や文脈の豊かさを取り逃してしまう可能性があります。

二点目は文化的背景の違いです。中国語の上達には、学習方略以上に中国文化への深い理解と体験が求められます。多くの中国語表現は文化的含意と切り離せず、方略だけでは「文化の意味」を真に理解することができないというのです。さらに、ESL学習者である中国語母語話者は集団主義文化に育った人々であり、戦略化・体系化された学習は集団効率の最大化という文化論理と親和性が高い。しかし英語母語話者の多くが持つ個人主義文化においては、過度の戦略化が自律的な知識構築を妨げ、かえって習熟度を下げる可能性があると論じられています。

三点目は学習環境の成熟度の差です。英語学習には世界規模で整備された教材・教授法・試験制度があり、方略活用を支える環境が整っています。対してCSL教育は資源が限られており、教授法の多様性も不十分です。しかも現状では、CSL教育の多くがESL向けに設計された教育的枠組みをそのまま適用しており、方略の「ミスマッチ」が生じているという指摘は鋭い批判を含んでいます。

核心的発見その三―学習スタイルが習熟度に与える影響

三番目の柱は学習スタイルと習熟度の関係です。重回帰分析の結果、ESLのCET-6グループでは視覚スタイルが習熟度を有意に予測し(β=0.22)、CET-4グループでは触覚スタイルが予測因子となりました(β=0.26)。一方、CSLの両グループ(HSK-4、HSK-3)ではグループスタイルが習熟度の主要な予測因子でした(それぞれβ=0.39、β=0.50)。

視覚スタイルがCET-6で有効だという結果は、中国人大学生を対象とした英語教育研究と整合します。教室で視覚的教材(図・マインドマップ・板書など)を重視するアプローチが、高習熟度の学習者には特に効果的ということです。触覚スタイルがCET-4で機能しているという点は、身体感覚的な活動(語彙パズルや実物教材)が初中級段階に有効であることを示唆しています。

CSL学習者でグループスタイルが突出して重要なのは興味深い発見です。著者らは、西洋の教育では協働学習が主流であり、グループ学習スタイルを好む学習者が中国語習得に有利な立場にあると解釈しています。ここにも文化と学習スタイルの深い絡み合いが見えます。

日本の英語教育現場への示唆

この研究は主に中国語母語話者のESL学習と英語母語話者のCSL学習を扱っており、日本人の英語学習とは学習者の属性が異なります。しかし日本の英語教育関係者にとっても、見逃せない含意がいくつもあります。

まず、動機づけの種類によって有効な方略指導は変わりえるという点です。日本の高校・大学英語教育において、道具的動機(大学受験、就職、資格取得)が圧倒的に優位な状況は広く知られています。本研究のCET-4グループ(道具的動機優位)では、記憶方略との連動が確認されました。つまり、日本の受験英語のような文脈では、記憶中心の方略指導が動機と整合しやすい可能性があります。しかし同時に、それだけでは習熟度の上限が低くなりうることも示唆されています。CET-6グループ(統合的動機優位)での豊富な方略活用との対比は示唆的です。「英語を使ってみたい」「英語圏の文化が好きだ」という統合的動機をいかに育てるかが、高水準の習熟度達成への鍵であるとも読めます。

次に、学習スタイルの多様性への対応です。日本の英語教室では、視覚的教材(板書、スライド、図解)が主流であり、触覚的・身体感覚的活動や協働的活動は比較的少ない傾向があります。本研究は、習熟度レベルによって有効な学習スタイルが異なることを示しており、初中級段階では触覚的・体験的活動を、上級段階では視覚的・概念整理的活動を重視するという段階的設計の重要性を示唆しています。

また、方略指導の「過剰依存」への警戒という点も日本の現場に響きます。日本でも「自律学習」「学習方略指導」は近年の英語教育改革の柱の一つです。しかし本研究が示すように、方略は万能薬ではありません。特に文化的深みを必要とする言語(日本語から見た英語もある意味そうです)では、方略学習だけでは文化的文脈の理解が置き去りになるリスクがあります。「方略を教えれば自律的学習者が育つ」という楽観的な図式には、慎重さが必要です。

関連研究との対比―何が新しいのか

第二言語習得における動機・方略・スタイルの三変数はそれぞれ膨大な研究蓄積があります。動機に関してはGardner(1985)の社会教育モデルとDörnyei(1994, 2001)の動的動機づけ理論が基盤となっており、方略についてはOxford(1990)のSILLが標準的測定ツールとして広く使われてきました。学習スタイルについてはReid(1987)のPLSPQが本研究でも採用されています。

先行研究の多くはESL学習者を対象としており、かつ単一言語・単一文化の文脈での検討にとどまっています。CSLに関する研究は近年増えているとはいえ(Li et al., 2021などを参照)、心理的・認知的学習要因を体系的に扱った研究は依然として少数です。本研究の最大の新規性は、ESLとCSLを「鏡合わせ」として並べた比較設計にあります。同じ変数セットを異なる言語・文化的文脈に適用することで、結果の相違を言語・文化・教育環境の差異として解釈する道が開けます。

ただし、Bremner(1999)やOxford & Nyikos(1989)などの古典的研究が示してきた「高習熟度学習者ほど多様な方略を使う」という命題が、CSLでは逆転するという本研究の発見は、単に「珍しい結果が出た」以上の問題提起を含んでいます。これは第二言語習得研究における「方略有効性の普遍性仮説」に正面から疑問を投げかけるものであり、研究の文脈依存性(context-dependency)という観点から重要な貢献と評価できます。

学術的考察―「道具的理性」の限界と文化的埋め込み

本研究が示唆するより深い問いは、「学習とは何か」という根本的な問題に触れています。現代の第二言語教育では、しばしば学習を「最適化すべきプロセス」として捉え、どの方略が最も効率的か、どのスタイルが最も有効かを探ります。これはある種の「道具的理性」の発想です。

しかし中国語のような言語では、そうした最適化の思考そのものが習熟度の妨げになりうるというのが本研究の示唆するところです。文化に埋め込まれた言語の習得は、効率的な方略の選択ではなく、文化的実践への参加を通じて進むものかもしれません。この視点は、Lave & Wenger(1991)の「実践のコミュニティ」論や、Vygotsky的な社会文化理論と響き合います。学習方略研究はともすれば個人の認知過程に焦点を当てすぎる傾向がありますが、本研究はその限界を文化比較という形で可視化しています。

また、CSL学習者にグループスタイルが有効だという発見は、西洋の協働学習パラダイムと中国語学習の親和性を示唆するものとして面白い。これを逆に読めば、日本のような「授業中に積極的に発言しない」文化的傾向を持つ英語学習者にとって、グループ活動の意味付けをどう行うかという問題を提起します。形式的なグループワークの導入ではなく、学習者の文化的背景と動機づけタイプに応じた協働の「質」を問うことが必要です。

論文の限界と課題

著者ら自身が誠実に認めているように、この研究にはいくつかの限界があります。まず、自己報告式質問紙への依存です。学習方略の使用状況を「自分はこういう方略を使っている」という主観的報告で測定することには、社会的望ましさバイアスや内省の不正確さというリスクが伴います。特に方略使用のような日常的・無意識的行動は、質問紙だけでは捉えきれない部分が大きいでしょう。

次に、HSK-3グループの統合的動機を持つ参加者数が9名と非常に少なかった点は、分析の信頼性に影を落とします。著者らもこの点を限界として指摘しており、結果の一般化には慎重さが求められます。

また、本研究は横断的設計を採用しており、因果関係は確認できません。方略使用が習熟度を下げているのか、それとも高習熟度者が(あえて)方略使用を減らしているのか―この問いに答えるには縦断的研究が不可欠です。著者らが結論部で「縦断的デザイン」の必要性を強調しているのは適切な認識です。

さらに、対象が大学生のみであり、年齢層が19歳から22歳に限定されています。学習段階や年齢による違いは第二言語習得において無視できない要因であり、小学生・中学生段階への示唆は本研究から直接引き出せません。

結論―「普遍的な教授法」への懐疑という贈り物

この研究が最終的に与えてくれるのは、「自分たちの教え方は本当に学習者に合っているか」という問い直しの機会です。CSL学習者にとってESL向けの教授法の枠組みがミスマッチを引き起こしているという指摘は、翻って日本の英語教育にも響きます。日本人英語学習者に欧米で開発された教授法をそのまま適用することが、どこまで適切なのか。動機の分布が異なり、文化的背景が異なり、学習環境の成熟度も異なる中で、「これが効果的な方略だ」と一律に教えることの限界を、本研究は静かに、しかし確かに示しています。

英語教育の現場で長年感じてきた「なぜこの方法が一部の学習者にしか効かないのか」という疑問に、この論文はひとつの答えを与えてくれます。学習者はそれぞれ、固有の文化・動機・スタイルという「個人の荷物(personal luggage)」を持って教室に来ます。著者らが序文で使ったこの比喩は、単なるレトリックではありません。その荷物の中身を見ずに「これが正しい詰め方だ」と押しつけることの限界―それが本研究の核心的なメッセージです。

教室で学習者と向き合う日々の中で、この問いを手放さないでいることが、よりよい英語教育への道を切り開いていくのだと思います。


Wu, X., Wen, X., Lu, J., & Liu, W. (2025). Learning factors influencing second language proficiency: A cross-cultural comparative study of English and Chinese L2 learners. BMC Psychology, 13, 850. https://doi.org/10.1186/s40359-025-03196-9

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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