研究者と研究背景

本論文”The importance of the novelty factor in teaching listening comprehension”は、スロバキアのコンスタンティン・哲学者大学ニトラ校のロマンス・ゲルマン語学科に所属する3名の研究者、アニコ・フィツェレ、イヴァン・ハリンガ、エルヴィン・ワイスによって執筆されました。この研究は、外国語教育における個人差要因の一つである「新奇性寛容度」とリスニング理解能力の関係を実証的に検討したものです。

近年の外国語教育研究では、効果的な教授法や学習方法の開発とともに、学習者の個人差要因が学習成果に与える影響への関心が高まっています。特に、学習者の性格特性や認知的特徴が言語習得にどのような影響を与えるかについて、多くの研究が蓄積されてきました。本研究もそうした流れの中に位置づけられる研究であり、特にリスニング理解という特定の言語技能に焦点を当てている点が特徴的です。

著者らは、外国語学習において新奇性寛容度が重要な役割を果たすと考えています。新奇性寛容度とは、新しい状況や未知の事柄に対してどの程度開放的であるかを示す個人の特性です。外国語学習では、学習者は常に新しい語彙、文法構造、文化的要素に触れることになるため、この特性が学習成果に大きく影響する可能性があります。

新奇性寛容度とは何か

新奇性寛容度は、曖昧性寛容度の下位概念として位置づけられています。曖昧性寛容度とは、不確実な状況を好意的に捉える傾向のことで、認知心理学や言語学習研究において重要な概念とされています。著者らによれば、新奇性寛容度は個人の認知的反応性と神経生理学的機能に根ざしており、新奇な刺激に対して嫌悪感を抱く場合もあれば、逆に強い魅力を感じる場合もあります。

この概念は、性格心理学における「経験への開放性」という特性とも密接に関連しています。経験への開放性は、ビッグファイブ性格特性の一つで、新しい考えや体験に対する開放的な態度を表します。高い経験への開放性を持つ人は、創造性、好奇心、文化的価値観、知覚力などの特徴を示すとされています。

外国語学習の文脈では、新奇性寛容度の高い学習者は、新しい言語構造や語彙に対してより積極的に取り組み、実験的な学習アプローチを取る傾向があります。一方、新奇性寛容度の低い学習者は、慣れ親しんだ方法や既知の内容を好み、変化に対して抵抗を示す可能性があります。

研究方法の検討

本研究では、154名の大学生を対象として調査が実施されました。対象者は文化観光管理を専攻する学生で、英語能力はB2レベル(ヨーロッパ言語共通参照枠における中上級レベル)とされています。性別構成は男性20名、女性134名で、年齢は18歳から24歳の範囲でした。

研究で使用された測定ツールは2つです。まず、リスニング理解能力の測定には、Cambridge English B2 Firstの公式練習テストが使用されました。このテストは4つのパートから構成され、約40分間で実施され、最大30点満点で評価されます。テストの内容は、短い会話から長いモノローグまで様々な形式の音声材料を含み、実際の英語使用場面を反映した実用的な内容となっています。

新奇性寛容度の測定には、ブドナーが1962年に開発した曖昧性寛容度尺度(TAS)の下位尺度が使用されました。この尺度は16項目から構成され、そのうち4項目(項目2、9、11、13)が新奇性寛容度を測定するものです。回答者は各項目に対して7段階のリッカート尺度で評価し、高得点ほど新奇性に対する不寛容を示します。

研究デザインとしては、新奇性寛容度の得点に基づいて対象者を3つのグループに分類し、グループ間でリスニング理解能力に差があるかを検討するアプローチが取られました。統計解析には独立標本t検定が使用され、各グループ間の平均値の差が検討されました。

この方法論について評価すると、いくつかの長所と短所が指摘できます。長所としては、標準化されたテストを使用することで測定の信頼性が確保されている点、統計的検定を適切に実施している点が挙げられます。一方、短所としては、横断的研究であるため因果関係の推定が困難である点、対象者が特定の専攻分野に限定されている点、サンプルサイズが中程度である点などが考えられます。

結果の意味するもの

研究の結果、新奇性寛容度とリスニング理解能力の間に明確な関係が確認されました。具体的には、高い新奇性寛容度を示すグループは、平均的な寛容度を示すグループおよび低い寛容度を示すグループよりも有意に高いリスニング理解成績を収めました。

高寛容度グループの平均点は21.38点、中寛容度グループは19.08点、低寛容度グループは18.28点でした。統計的検定の結果、高寛容度グループと中寛容度グループの間(p = .047)、および高寛容度グループと低寛容度グループの間(p = .019)で有意差が認められました。一方、中寛容度グループと低寛容度グループの間には有意差は見られませんでした。

この結果は、新奇性に対する開放的な態度がリスニング理解能力の向上に寄与することを示唆しています。著者らは、この現象を以下のように説明しています。リスニングは、読解とは異なり、音声情報が連続的に提示され、学習者は短時間で多くの新しい刺激を処理する必要があります。また、話者のアクセントや方言、話速の変化など、予測困難な要素に対処しなければなりません。このような状況では、新奇性に対する寛容さが、柔軟で効率的な認知処理を可能にすると考えられます。

興味深いことに、この結果は先行研究の一部とは異なる傾向を示しています。例えば、エル・コウミー(2009)の読解研究では、中程度の曖昧性寛容度が最も良い成績と関連していました。しかし、本研究では高い新奇性寛容度が最も良い結果をもたらしています。この違いは、リスニングと読解という技能の性質の違いに起因する可能性があります。

研究の限界と課題

本研究にはいくつかの重要な限界があります。まず、対象者がB2レベルの学習者に限定されている点です。言語習得の初期段階や上級段階では、新奇性寛容度の影響が異なる可能性があります。初級学習者では基本的な言語知識が不足しているため、新奇性寛容度の効果が十分に発揮されない可能性があります。逆に、上級学習者では既に高度な言語処理能力を持っているため、個人差の影響が相対的に小さくなる可能性があります。

第二に、文化的背景の考慮が不十分です。対象者は全てスロバキアの大学生であり、特定の文化的・教育的背景を共有しています。新奇性寛容度は文化的要因によって影響を受ける可能性があるため、結果の一般化可能性には注意が必要です。

第三に、リスニング理解能力の測定が単一のテストに依存している点も限界として挙げられます。Cambridge English B2 Firstは標準化されたテストですが、特定の形式やトピックに偏っている可能性があります。より多様なリスニング課題を用いることで、より包括的な評価が可能になるでしょう。

第四に、新奇性寛容度以外の個人差要因が十分に統制されていません。言語学習適性、動機、学習ストラテジー、作業記憶容量など、リスニング理解能力に影響を与える他の要因との関係を明らかにすることが重要です。

第五に、横断的研究デザインによる因果関係の推定の困難さがあります。新奇性寛容度がリスニング能力を向上させるのか、あるいはリスニング能力の高い学習者が結果的に新奇性に対してより寛容になるのかは明確ではありません。

教育現場への示唆

本研究の結果は、外国語教育の実践に対していくつかの重要な示唆を提供しています。まず、教師は学習者の新奇性寛容度に注意を払い、それに応じた指導方法を検討する必要があります。新奇性寛容度の低い学習者に対しては、段階的に新しい要素を導入し、安心感を与えながら学習を進めることが重要です。一方、高い寛容度を持つ学習者には、より挑戦的で多様な教材を提供することで、その特性を活かすことができるでしょう。

著者らは、新奇性寛容度が比較的動的な特性であることを指摘しています。これは、教師の意図的な働きかけによって、学習者の新奇性に対する態度を改善できる可能性を示唆しています。具体的には、安全で支持的な学習環境を作り、失敗を恐れずに新しいことに挑戦する雰囲気を醸成することが考えられます。

リスニング指導においては、多様な音声材料を用いることの重要性が示唆されます。異なるアクセント、話速、トピックの音声を段階的に導入することで、学習者の新奇性寛容度を徐々に高めることができるかもしれません。また、予測活動や文脈からの推測を重視した指導方法も、新奇性に対する適応力を高める効果が期待できます。

ただし、これらの実践的示唆を適用する際には注意が必要です。個々の学習者の特性や学習段階、文化的背景を十分に考慮し、画一的なアプローチではなく、柔軟で個別化された指導を心がけることが重要です。

理論的貢献と位置づけ

本研究は、外国語習得における個人差研究の分野に一定の理論的貢献をしています。特に、リスニング理解という特定の言語技能と新奇性寛容度の関係を実証的に検討した点は評価できます。従来の研究では、読解や語彙学習との関係が主に検討されてきましたが、リスニング理解に特化した研究は相対的に少なかったためです。

また、本研究は認知処理の観点からリスニング理解を捉え、個人の認知的特性がどのように言語処理に影響するかを示した点でも意義があります。リスニング理解では、音声情報の一時的性質や予測困難性が特徴的であり、これらの特徴が新奇性寛容度の重要性を高めているという説明は説得力があります。

しかし、理論的な深化の余地も残されています。例えば、新奇性寛容度がリスニング理解のどの段階(音韻認識、語彙アクセス、統語処理、意味統合など)で特に重要な役割を果たすのかについては、さらなる検討が必要です。また、他の認知的要因や学習者要因との相互作用についても、より詳細な理論的枠組みの構築が求められます。

方法論的改善の提案

今後の研究では、いくつかの方法論的改善が考えられます。まず、縦断的研究デザインの採用により、因果関係の推定がより可能になるでしょう。新奇性寛容度を測定した後、一定期間の学習を経てリスニング能力の変化を追跡することで、より確実な関係性を明らかにできます。

第二に、実験的操作の導入が考えられます。例えば、新奇性寛容度を高めるための介入プログラムを開発し、その効果をランダム化比較試験で検証することで、より強い因果的証拠を得ることができます。

第三に、脳科学的手法の活用も有望です。fMRIやEEGを用いて、新奇性寛容度の異なる学習者のリスニング中の脳活動を比較することで、認知メカニズムのレベルでの理解が深まるでしょう。

第四に、より多様な対象者の検討が必要です。異なる言語背景、文化的背景、年齢層の学習者を対象とすることで、結果の一般化可能性を高めることができます。

実践的応用の展開

本研究の成果を実際の教育現場で活用するためには、さらなる展開が必要です。まず、新奇性寛容度を簡便に測定できる教師用ツールの開発が考えられます。現在使用されているTAS尺度は研究用に開発されたものであり、教育現場での日常的な使用には適していません。

第二に、新奇性寛容度に基づく個別化学習システムの構築が可能性として挙げられます。学習者の特性に応じて、教材の難易度や新奇性のレベルを自動調整するアダプティブ学習システムの開発は、技術的にも実現可能性が高まっています。

第三に、教師研修プログラムへの組み込みも重要です。新奇性寛容度の概念や、それに基づく指導方法について教師が理解を深めることで、より効果的な指導が可能になります。

批判的考察

本研究に対してはいくつかの批判的観点からの検討も必要です。まず、新奇性寛容度という概念そのものの妥当性について疑問を呈することができます。この概念が他の既知の個人差要因(例えば、一般的な認知能力や性格特性)と十分に区別されているかについては、さらなる検証が必要です。

第二に、測定方法の妥当性についても疑問があります。自己報告式の質問紙によって測定された新奇性寛容度が、実際の学習場面での行動や認知処理を正確に反映しているかは不明です。より客観的な測定方法の開発が望まれます。

第三に、効果サイズの実用性についても検討が必要です。統計的に有意な差が認められたものの、その差が実際の教育現場で意味のある違いをもたらすほど大きいかについては議論の余地があります。

第四に、文化的普遍性の問題もあります。新奇性寛容度の重要性が異なる文化圏でも同様に認められるかについては、より広範囲な検証が必要です。

今後の研究の方向性

本研究を発展させる今後の研究については、いくつかの方向性が考えられます。まず、他の言語技能(スピーキング、ライティング)との関係の検討が重要です。新奇性寛容度がリスニング理解に特異的に重要なのか、あるいは他の技能にも同様の影響を与えるのかを明らかにする必要があります。

第二に、言語習得の異なる段階での影響の検討も重要です。初級、中級、上級の各段階で新奇性寛容度の重要性がどのように変化するかを明らかにすることで、より精緻な理論構築が可能になります。

第三に、他の個人差要因との相互作用の検討も必要です。動機、不安、学習ストラテジー使用などの要因と新奇性寛容度がどのように相互作用するかを明らかにすることで、より包括的な理解が得られるでしょう。

第四に、介入研究の実施も重要な方向性です。新奇性寛容度を高めるための具体的な方法を開発し、その効果を検証することで、実践的な価値を高めることができます。

結論

本研究は、外国語学習における新奇性寛容度の重要性を実証的に示した価値のある研究です。リスニング理解能力と新奇性寛容度の間に明確な正の関係があることを示し、外国語教育の実践に対して有益な示唆を提供しています。特に、個人差要因に基づく個別化教育の重要性を支持する証拠として、この研究の意義は大きいと言えます。

一方で、研究デザインの限界、対象者の制限、理論的枠組みの不十分さなど、改善すべき点も多く存在します。今後は、より厳密な研究デザインの採用、多様な対象者の検討、他の要因との相互作用の解明などを通じて、この分野の研究をさらに発展させていく必要があります。

また、研究成果の実践的活用を進めるためには、教師用ツールの開発、教師研修プログラムの構築、個別化学習システムの開発など、様々な取り組みが必要になります。

最終的に、本研究は外国語教育における個人差研究の重要性を改めて確認し、学習者一人一人の特性に応じた教育の必要性を示した点で、大きな価値を持つ研究と評価できます。今後のさらなる研究の発展と実践的応用が期待されます。


Ficzere, A., Haringa, I., & Weiss, E. (2024). The importance of the novelty factor in teaching listening comprehension. The Journal of Education Culture and Society, B, 315-330.

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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