はじめに―論文の背景と筆者について
2020年にIEEE Accessに掲載された本論文”Artificial intelligence in education: A review”は、Lijia Chen、Pingping Chen、Zhijian Linという三名の中国の研究者による共同研究です。Pingping Chenは福建省の復旦大学で教授を務め、無線通信やコンピュータ通信を専門としています。Zhijian Linも同じく復旦大学の助教授で、通信工学を専門としており、2016年にはノースカロライナ州立大学で客員研究員として過ごした経験があります。一方、Lijia Chenは揚子大学のデザイン学部で助教授を務め、芸術、デザイン、教育分野での研究を行っています。
この組み合わせは興味深いものです。技術畑の研究者と、芸術・デザイン分野の研究者が協力して教育におけるAIの影響を調査するという構成は、まさに学際的なアプローチといえます。私たち人間が新しい道具を使いこなす時、技術的な側面だけでなく、人間的な側面、つまりどのように感じ、どのように学び、どのように創造するかという視点が欠かせません。この論文は、そうした多角的な視点を持ちながら、教育におけるAIの現状と影響を丁寧に整理しようとしています。
論文の冒頭で、著者たちは1950年のPotter博士という架空の教授の物語を描いています。Potter博士は40人の学生の課題を抱えて教室に入ってきます。すべての論文を読み、文法と内容を評価し、採点を終えたところです。いくつかの論文には盗用の疑いがありましたが、どこから盗用したのかを確認する手段がありませんでした。そして時は流れて2019年、Potter博士は今や紙をほとんど持たずに教室に入ります。より多くの学生の課題を読み、盗用を発見して懲戒処分の手続きを取り、採点を終えています。キャンパスの外にいる時でも、ビデオ会議で授業に参加し、職務を果たすことができます。
このたとえ話は、わずか70年の間に教育現場がどれほど変わったかを象徴的に示しています。そして、その変化の中心にあるのが人工知能なのです。
研究手法―どのように調査したのか
この研究は、いわゆるシステマティック・レビューという手法を用いています。簡単に言えば、既存の研究論文を体系的に集めて、その内容を分析し、全体像を描き出すという方法です。著者たちはEBSCOhost、ProQuest、Web of Science、Google Scholarといった学術データベースを使って、「AI」と「Education」というキーワードで論文を検索しました。
ただし、どんな論文でも対象にしたわけではありません。彼らは「H-Index」という指標を使って、質の高い研究だけを選びました。H-Indexというのは、研究者や学術誌の影響力を測る指標で、数字が大きいほど影響力が高いとされます。この研究では、H-Indexが20以上の学術誌に掲載された論文だけを対象にしました。
最初に250本の論文を集め、さらに精査して30本程度に絞り込みました。2009年以降に発表された論文に限定したのは、AIの発展が特に加速したのがこの時期だからです。このような選別プロセスは、研究の質を保つために重要です。たとえば、料理を作る時に材料を選ぶのと似ています。どんなに優れた料理人でも、質の悪い材料では美味しい料理は作れません。研究も同じで、質の高い先行研究を基にすることで、信頼できる結論を導き出せるのです。
AIとは何か―人間のような知能を持つ機械
論文では、まずAIの定義から始めています。Chaussignol氏らによれば、AIは二つの側面から理解できます。一つは研究分野としてのAIで、人間の知能に関連する問題を解決しようとするコンピュータサイエンスの一分野です。もう一つは理論としてのAIで、人間のような能力を持つコンピュータシステムを開発するための理論的枠組みです。
Sharma氏らは、AIを「人間の推論を近似する機械の能力」と定義しています。また、Pokrivcakova氏は、教育分野に特化した定義を提供し、AIは「システム設計者、データサイエンティスト、プロダクトデザイナー、統計学者、言語学者、認知科学者、心理学者、教育専門家など多くの専門家が協力して開発した、一定の知能を持つ教育システム」だと述べています。
これらの定義から浮かび上がってくるのは、AIが単なるコンピュータプログラムではないということです。私たちが日常的に使う計算機やワープロソフトとは次元が違います。AIは学習し、適応し、判断するという、これまで人間だけができると考えられていた能力を持っているのです。
たとえば、スマートフォンの顔認証機能を考えてみましょう。これもAIの一種です。カメラがあなたの顔を見て、「この人は登録されている持ち主だ」と判断します。しかも、あなたが髪型を変えても、眼鏡をかけても、少し太っても痩せても、ちゃんと認識してくれます。これは、システムが「学習」しているからです。単純な照合ではなく、パターンを理解し、適応しているのです。
教育におけるAIの進化―コンピュータからロボットへ
論文によれば、教育におけるAIの応用は段階的に進化してきました。1970年代の個人用コンピュータの登場が最初の大きな転換点でした。Flammが指摘するように、マイクロコンピュータの開発により、コンピュータが大衆市場に普及し始めました。それまでは政府機関や大企業だけが使える高価な機械だったコンピュータが、個人や小規模組織でも購入できるようになったのです。
教育分野では、1900年代半ばからの「プログラム学習」の研究を基に、CAI/L(Computer-Aided Instruction/Learning)が開発されました。これは、コンピュータを使って授業を行ったり、学習を支援したりする取り組みです。最初は非常に単純なものでしたが、コンピュータの性能向上とともに、より高度なシステムへと発展していきました。
次の大きな転換点は、インターネットとWorld Wide Webの登場です。これにより、教育はオンライン化の道を歩み始めます。単にコンピュータが教室にあるだけでなく、世界中の情報にアクセスできるようになりました。そして、さらに重要なのは、単なる情報の置き場所ではなく、「知的な」システムへと進化したことです。
現在では、組み込みシステムの発展により、AIはコンピュータの枠を超えています。ロボットに組み込まれたり、建物全体を管理するシステムになったりしています。教育分野では、「コボット」と呼ばれる協働ロボットが登場しています。これは、教師と一緒に働いたり、独立して教育活動を行ったりするロボットです。Timmsによれば、こうしたロボットは子供たちにスペリングや発音などの基本的なタスクを教え、生徒の能力に合わせて調整することができます。
また、チャットボットも重要な役割を果たしています。これは、対話形式で学生の質問に答えたり、学習教材を提供したりするプログラムです。24時間いつでも利用でき、多数の学生に同時に対応できるという利点があります。
私の知人の高校教師は、最近こんな話をしてくれました。「昔は、夜遅くに学生からメールで質問が来ても、翌朝まで待ってもらうしかなかった。でも今は、AIチャットボットが基本的な質問には即座に答えてくれる。私は、もっと複雑な質問や、個別のサポートが必要な学生に集中できるようになった」と。これは、AIが教師を置き換えるのではなく、教師の仕事をより本質的なものにシフトさせている好例です。
AIの技術的な仕組み―どうやって「賢く」なるのか
論文では、教育におけるAIの技術的な側面についても詳しく解説しています。教育用AIシステムは、大きく分けて「モデル」と「技術」という二つの要素から構成されます。
モデルには三つの種類があります。一つ目は「学習者モデル」で、学生の行動データを基に、その学生の思考能力や学習能力を分析します。どの知識を習得しているか、どこでつまずいているかを把握するのです。二つ目は「知識モデル」で、学習内容の構造を体系化し、専門知識や学生がよく犯す間違いのパターンなどを含んでいます。三つ目は「教授モデル」で、学習者モデルと知識モデルを組み合わせて、どのように教えるかの戦略を決定します。
技術面では、機械学習、学習分析、データマイニングという三つの主要な技術が使われています。
機械学習は、コンピュータがデータから自動的にパターンを見つけ出し、そこから学ぶプロセスです。たとえば、どの学生がどのような学習スタイルを持っているかを判断し、最適な教材を推奨するといったことができます。深層学習という技術も注目されており、これは複数の層を持つニューラルネットワークを使って、より複雑なパターンを学習する方法です。
学習分析は、学生の特性や知識対象から得られるデータに焦点を当てます。個々の学習者のニーズや能力に合わせて教育方法を調整したり、リスクのある学生に介入したりすることができます。たとえば、ある学生が中退する可能性が高いと予測できれば、早期に支援を提供することができます。
データマイニングは、教育データから体系的かつ自動的な応答を生成しようとします。学生の人口統計学的特性や成績データを分析して、将来のパフォーマンスを予測したり、パーソナライズされた学習を実現したりします。
これらの技術を組み合わせることで、AIは「賢く」なります。ちょうど人間の子供が経験から学ぶように、AIシステムも学生との相互作用から学習し、より効果的な教育を提供できるようになるのです。
管理業務への影響―教師の負担を軽減する
教育におけるAIの最も実用的な応用の一つが、管理業務の効率化です。論文では、この分野でAIが大きな影響を与えていることを強調しています。
まず、採点作業があります。従来、教師は学生のレポートや試験を一つ一つ手作業で採点し、フィードバックを書く必要がありました。これは非常に時間のかかる作業です。40人の学生のレポートを採点するだけで、丸一日かかることも珍しくありません。
しかし、AIを使えば、この作業を大幅に効率化できます。たとえば、論文の冒頭で紹介されていたPotter博士の例を思い出してください。2019年のPotter博士は、より多くの学生の課題を、より短時間で処理できるようになりました。
Sharma氏らによれば、Knewtonのようなプログラムは、プラットフォーム上での学生の相互作用に基づいてフィードバックを提供する機能を持っています。Rus氏らは、インテリジェント・チュータリング・システム(ITS)が、採点や学生へのフィードバック提供など、幅広い機能を実行できると述べています。
盗用チェックも重要な機能です。TurnitinやGrammarlyといったツールは、学生の提出物が他の情報源からコピーされていないかを自動的にチェックします。これは、学術的誠実性を保つために不可欠な機能です。以前は、教師が「この部分は何か見覚えがある」と感じても、それを確認する手段がありませんでした。今では、数秒で何百万もの文書と照合し、類似性を報告してくれます。
ある大学教授の友人は、こう語っています。「以前は、週末の大半を採点に費やしていた。でも今は、AIが文法や構造の基本的なチェックをしてくれるので、私は内容の深さや独創性を評価することに集中できる。学生一人一人にもっと質の高いフィードバックを提供できるようになった」と。
これは重要なポイントです。AIは教師を置き換えるのではなく、教師がより本質的な仕事に集中できるようにサポートしているのです。
指導への影響―より効果的な教え方を可能にする
AIは、教え方そのものも変えつつあります。論文では、さまざまな形でAIが教育の質を向上させていることが報告されています。
一つの大きな変化は、パーソナライゼーション(個別化)です。従来の教育では、一人の教師が多数の学生に同じ内容を同じペースで教えるしかありませんでした。しかし、学生の理解度や学習スピードは一人一人異なります。ある学生にとっては簡単すぎる内容が、別の学生には難しすぎるということがよく起こります。
AIを使えば、この問題を解決できます。Pokrivcakova氏が指摘するように、現代のシステムは適応型で、学習者の能力やニーズに合わせて教材や内容を調整します。たとえば、ある学生が特定の概念で苦労していることをシステムが検知すれば、追加の説明や練習問題を提供できます。逆に、すでに理解している学生には、より高度な内容を提示できます。
バーチャル・リアリティ(VR)や3D技術の活用も注目されています。Mikropoulos氏とNatsis氏は、VRが体験的学習の機会を提供し、学生の理解を深めると述べています。たとえば、医学教育では、VRを使って手術のシミュレーションを行うことができます。実際の患者にリスクを与えることなく、学生は実践的な経験を積むことができるのです。
歴史の授業で古代ローマを学ぶ時、教科書の写真を見るだけでなく、VRを使って古代ローマの街を「歩く」ことができたらどうでしょうか。フォーラムの大きさを実感し、建築の細部を観察し、まるでタイムトラベルをしたかのような体験ができます。このような没入型の学習は、記憶の定着にも効果的だとされています。
ロボット教師、特にコボットの使用も増えています。Timms氏によれば、これらのロボットは教師と協力して、または独立して、子供たちにスペリングや発音などの基礎的なタスクを教えることができます。ロボットは疲れることなく、何度でも繰り返し教えることができるという利点があります。また、子供たちはロボットとの対話を楽しむ傾向があり、学習意欲の向上にもつながります。
私の友人の小学校教師は、教室に導入されたAIアシスタントについて、こんな感想を述べていました。「最初は、ロボットに仕事を奪われるのではないかと不安だった。でも実際には、ロボットが基礎練習を担当してくれるおかげで、私は一人一人の学生ともっと深く関わる時間が持てるようになった。学生の感情的なニーズに応えたり、創造的な活動を指導したりすることに、より多くの時間を使えるようになった」と。
ウェブベースの学習プラットフォームも大きく進化しています。Kahraman氏らが論じるAIWBES(Adaptive and Intelligent Web-Based Educational Systems)や、Peredo氏らが議論するIWBE(Intelligent Web-Based Education)は、単なる情報の集積場所ではありません。学習者の行動を観察し、理解し、それに応じて内容や提示方法を調整する「知的な」システムなのです。
学習への影響―学生にとって何が変わったのか
教師側への影響も大きいですが、学生にとってのメリットも顕著です。論文では、AIが学習経験を向上させる複数の方法を紹介しています。
最も重要なのは、やはりカスタマイゼーションとパーソナライゼーションです。Rus氏らによれば、ITSは学生一人一人の能力に合わせて内容を調整するため、最適な学習体験を提供できます。これは、まるで一人一人に専属の家庭教師がついているようなものです。
従来の教育システムでは、すべての学生が同じように扱われていました。でも実際には、人それぞれ学び方が違います。ある人は視覚的な情報から学ぶのが得意で、別の人は音声や動きを伴う学習の方が効果的です。AIシステムは、こうした個人差を認識し、それぞれに最適な方法で教材を提供できます。
深い学習の促進も重要な効果です。Rus氏らは、ITSの対話エージェントが学生に質問を投げかけ、学生が自分の考えを詳しく説明できるまで探究を続けることで、深い理解が促進されると述べています。単に答えを覚えるのではなく、なぜそうなるのかを理解することが重要なのです。
アクセシビリティの向上も見逃せません。ウェブベースのプラットフォームにより、世界中どこからでも質の高い教育にアクセスできるようになりました。地理的な障壁、経済的な障壁が低くなっています。また、AIによる翻訳ツールを使えば、言語の壁さえも乗り越えることができます。
ある留学生の話を聞いたことがあります。彼女は日本で学んでいますが、母国語は英語です。AIを使った翻訳ツールや、多言語対応の学習プラットフォームのおかげで、言語の違いによる学習のハードルが大幅に下がったと言っていました。講義の内容をリアルタイムで翻訳してくれたり、わからない専門用語を即座に調べられたりすることで、学習効率が格段に上がったそうです。
即時フィードバックも大きな利点です。以前は、レポートを提出してから教師のフィードバックをもらうまでに数週間かかることもありました。しかし、AIシステムを使えば、提出した瞬間にフィードバックを受け取ることができます。これにより、学生は自分の理解度をすぐに確認でき、必要に応じて修正することができます。
Mikropoulos氏とNatsis氏が強調するように、VRやシミュレーション技術は、実践的で体験的な学習を可能にします。化学の実験を例に考えてみましょう。実際の実験室では、危険な薬品を扱うリスクがあり、設備も限られています。しかし、VRシミュレーションなら、安全に、何度でも実験を繰り返すことができます。失敗しても大丈夫で、むしろ失敗から学ぶことができるのです。
課題と懸念―すべてが順風満帆ではない
もちろん、AIの教育への導入にはいくつかの課題もあります。論文では、Crowe氏らの研究を引用して、AIが学術的誠実性を損なう可能性があることを指摘しています。たとえば、AIを使ってレポートを自動生成したり、「論文工場」と呼ばれるサービスを利用して、他人に書いてもらった論文を提出したりする学生がいます。
これは深刻な問題です。教育の目的は、単に知識を蓄積することだけでなく、批判的思考力や問題解決能力を育てることにあります。AIに頼りすぎることで、こうした本質的なスキルの発達が阻害される可能性があります。
ある大学では、こんな事件がありました。学生がAIを使って生成したレポートを提出したのですが、内容が非常に高度で、かえって不自然に感じられました。調査の結果、そのレポートのほとんどがAIによって書かれたものであることが判明しました。大学側は、AIツールの使用に関する明確なガイドラインを作成する必要に迫られました。
プライバシーの問題も無視できません。AIシステムは、効果的に機能するために大量の学生データを収集します。学習パターン、成績、オンラインでの行動など、非常に詳細な情報が記録されます。このデータが適切に保護されなければ、プライバシー侵害のリスクがあります。
また、デジタル・デバイドという問題もあります。AIを活用した教育は、インターネット接続や適切なデバイスへのアクセスを前提としています。しかし、すべての学生がこれらを利用できるわけではありません。経済的に恵まれない地域や家庭の学生は、取り残されてしまう可能性があります。
教師の役割の変化に対する不安も存在します。AIが多くの教育機能を担うようになると、教師の仕事がなくなるのではないかという懸念があります。しかし、論文が示すように、実際にはAIは教師を置き換えるのではなく、教師がより本質的な役割に集中できるようサポートしているのです。
論文の評価―強みと限界
この論文の最大の強みは、教育におけるAIの包括的な概観を提供している点です。管理、指導、学習という三つの主要な領域にわたって、AIの応用と影響を体系的に整理しています。また、技術的な側面と教育的な側面の両方をカバーしており、多角的な理解を可能にしています。
文献レビューの方法論も適切です。H-Indexを使った質の高い論文の選定、複数のデータベースの使用、明確な包含・除外基準の設定など、系統的なアプローチを取っています。これにより、結論の信頼性が高まっています。
また、実用的な例が豊富に含まれているのも評価できます。Knewton、TurnItIn、Grammarlyなどの具体的なツールやプラットフォームが言及されており、読者は抽象的な議論だけでなく、実際にどのようなシステムが使われているのかを理解できます。
一方で、いくつかの限界も指摘できます。まず、この研究は2020年に発表されたものであり、AI技術の急速な発展を考えると、すでに一部の情報が古くなっている可能性があります。たとえば、ChatGPTのような大規模言語モデルの登場は、教育分野に新たな可能性と課題をもたらしていますが、この論文ではカバーされていません。
また、文化的・地域的な違いについての考察が不足しています。AIの教育への導入は、国や地域によって大きく異なる可能性があります。技術インフラ、教育制度、文化的価値観などが影響するはずですが、この論文では主に一般的な議論にとどまっています。
量的なデータの不足も気になります。この研究は質的レビューであり、「AIが効果的である」という主張が多く見られますが、具体的にどの程度効果的なのか、数値的な証拠は限られています。たとえば、AIを使った授業と使わない授業で、学生の成績がどれくらい違うのか、といったデータがあれば、より説得力が増したでしょう。
倫理的な問題についても、もう少し深い議論があってもよかったかもしれません。論文では学術的誠実性やプライバシーについて簡単に触れていますが、AIのバイアス(偏見)の問題、教育の公平性、人間的な触れ合いの重要性など、より広範な倫理的考察が必要だと感じます。
今後の展望―どこへ向かうのか
論文の結論部分で、著者たちはAIが教育に大きな影響を与えてきたこと、そして今後も影響を与え続けるだろうことを述べています。現段階では、AIは教育の「アシスタント」としての役割が中心ですが、将来的にはより重要な役割を果たすようになると予測されています。
現在のAIシステムは、比較的単純なルールに基づいて異なる難易度のコースを提供していますが、まだ最高の知能レベルには達していません。しかし、教育プロセスとの相互作用が増えるにつれて、AIシステムはより多くのデータを生成し、教育と学習のプロセスをより明確に把握できるようになります。
学習者分析、機械学習、データマイニングの助けを借りて、AIシステムは教師と学生の両方に高品質なコンテンツを提供し、教育と学習の全プロセスを測定可能にします。この段階では、ユーザーはあらゆる質問に対する正解への複数のアプローチにアクセスできるようになるでしょう。
将来的には、望ましいAIシステムは、学生の想像力と創造性を形成し、学習スタイルと感情状態を分析し、学習能力と創造性を向上させ、主観的なイニシアチブを刺激するものになるはずです。AIシステムは、個人のスキル、知識の習得、学習能力、キャリア開発など、学生のすべての側面で広く使用されることが期待されています。
教育におけるAIの進化を見ていると、まるで子供の成長を見守っているような気持ちになります。最初は簡単な計算やスペルチェックから始まり、今では対話したり、個別指導したり、創造的な提案をしたりできるようになりました。そして将来は、さらに高度な認知機能を持つようになるかもしれません。
ただし、技術の進歩だけでなく、それをどう使うかという人間の知恵も重要です。AIは道具であり、その価値は使い方次第です。教育の本質は、単に情報を伝達することではなく、人間を育てることにあります。批判的思考、創造性、共感能力、倫理観といった、人間ならではの資質を育むことが教育の核心です。
AIはこれらの目標を達成するための強力なツールになり得ますが、決して目標そのものになるべきではありません。技術と人間性のバランスを保ちながら、教育の質を向上させていくことが求められています。
結びに―技術と人間性の調和を目指して
この論文は、教育におけるAIの現状と影響を包括的に概観する優れた試みです。管理業務の効率化から、指導方法の改善、学習経験の向上まで、AIが教育のあらゆる側面に影響を与えていることを示しています。
私たちは、教育の大きな転換期にいます。黒板とチョークから始まった教育は、コンピュータ、インターネット、そしてAIへと進化してきました。しかし、どんなに技術が進歩しても、教育の核心は変わりません。それは、一人の人間が別の人間を導き、成長を支援するという営みです。
AIは教師を置き換えるものではなく、教師の能力を拡張し、より多くの学生により良い教育を提供するためのツールです。同様に、学生にとっても、AIは学習を代行するものではなく、より効果的に学ぶための支援者なのです。
今後、AIの教育への統合はさらに進むでしょう。しかし、その過程で忘れてはならないのは、教育の目的です。それは、単に知識を詰め込むことではなく、思考力、創造力、そして何よりも、人間らしく生きる力を育むことです。
技術の進歩に目を奪われるあまり、この本質を見失ってはなりません。AIという強力なツールを手に入れた今こそ、「良い教育とは何か」という根本的な問いに立ち返り、技術と人間性の調和のとれた教育のあり方を模索していく必要があります。
Chen氏らによるこの研究は、そうした議論の出発点として大きな価値を持っています。網羅的でありながらも理解しやすく、技術的な詳細と教育的な意義をバランスよく扱っています。教育関係者だけでなく、政策立案者、保護者、そしてテクノロジー開発者にとっても、有益な視点を提供する論文だといえるでしょう。
最後に、一つの疑問を投げかけたいと思います。AIが教育のあらゆる側面をサポートできるようになったとき、教師の役割は何になるのでしょうか。答えは単純ではありませんが、おそらくそれは、AIにはできない、最も人間的な部分―共感、励まし、人生の意味を伝えること―になるのではないでしょうか。技術の時代だからこそ、人間らしさの価値がより一層輝くのかもしれません。
Chen, L., Chen, P., & Lin, Z. (2020). Artificial intelligence in education: A review. IEEE Access, 8, 75264–75278. https://doi.org/10.1109/ACCESS.2020.2988510