筆者と研究の背景
この論文”Exploring AI-mediated informal digital learning of English (AI-IDLE): A mixed-method investigation of Chinese EFL learners’ AI adoption and experiences”は、香港中文大学のGuangxiang Leon Liu、ブリティッシュコロンビア大学のRon Darvin、香港城市大学のChaojun Maという三人の研究者によって書かれました。2024年2月に『Computer Assisted Language Learning』という専門誌に掲載されたこの研究は、ChatGPTなどの生成AI技術が登場してまだ間もない時期に行われた、非常にタイムリーな調査です。 ChatGPTが世界に公開されたのは2022年11月のことでした。それからわずか数カ月で、この新しい技術は教育の現場に大きな波紋を投げかけました。特に言語学習の分野では、まるで24時間いつでも相談できる英語の先生が手元に現れたかのような衝撃がありました。けれども、学習者たちは実際にこの新しい道具をどう受け止め、どう使っているのでしょうか。この論文は、そうした疑問に答えようとする試みです。
非公式なデジタル英語学習という視点
著者たちが注目したのは、IDLE(Informal Digital Learning of English)と呼ばれる学習形態です。これは簡単に言えば、教室の外で、自分の興味に基づいて、デジタル技術を使って英語を学ぶことを指します。先生から課題を出されたわけでもなく、成績がつくわけでもない。ただ、YouTubeで好きな英語の動画を見たり、海外のゲームで遊んだり、英語のファンフィクションを読んだりする。そうした日常的な活動が、実は英語力の向上につながっているという考え方です。 私自身の経験を振り返っても、学校の授業で習った英語よりも、好きな洋楽の歌詞を調べたり、海外のウェブサイトを読んだりして身につけた表現のほうが、ずっと記憶に残っています。そういう「勉強している」という感覚のない学びこそが、実は最も効果的だったりするものです。 著者たちは、ChatGPTのようなGPT技術がこうした非公式な学習をどう変えるのか、そして学習者たちはこの新しい道具をどう受け入れているのかを明らかにしようとしました。
研究方法―数字と言葉の両面から
この研究の優れた点の一つは、量的研究と質的研究を組み合わせた混合研究法を採用していることです。
まず867人という大規模なオンライン調査を実施し、統計的な分析を行いました。その後、20人の学習者に詳しいインタビューを行い、数字だけでは見えてこない具体的な使用例や心理状態を探りました。 これはまるで、広い視野で森全体を見渡した後、特定の木々に近づいて詳しく観察するようなものです。統計データは全体的な傾向を教えてくれますが、個々の学習者の生き生きとした体験は、インタビューでしか捉えられません。 調査対象となった867人の中国人EFL学習者のうち、約78%が18歳から24歳の若者で、大半が大学生でした。興味深いことに、約60%は以前から何らかのAI技術を使った経験がありましたが、40%は初めてでした。また、ChatGPTを主に使っている人が約67%と最も多く、次いでGPT-4(約10%)、Bing Chat(約9%)と続きました。 ここで重要なのは、中国ではChatGPTは公式には利用できないという点です。参加者たちはVPN(仮想プライベートネットワーク)と海外の電話番号を使ってアクセスしていました。この事実自体が、彼らのAI技術への強い関心と、それを使いたいという意欲の高さを物語っています。Technology Acceptance Model―人は新技術をどう受け入れるか
著者たちが理論的な枠組みとして用いたのは、TAM(Technology Acceptance Model)と呼ばれるモデルです。これは1989年にFred Davisという研究者が提案したもので、人々が新しい技術を受け入れるプロセスを説明する理論です。 TAMによれば、人が新しい技術を実際に使うかどうかは、次のような流れで決まります。まず、その技術が「使いやすい」と感じるかどうか(Perceived Ease of Use)。次に、それが「役に立つ」と思うかどうか(Perceived Usefulness)。そして、「使いたい」という意図が生まれるか(Intention to Use)。最終的に、実際に使うかどうか(Actual Use)が決まります。 たとえば、新しいスマートフォンのアプリを想像してみてください。操作が複雑だと感じたら(使いにくい)、どんなに便利な機能があっても敬遠してしまうかもしれません。逆に、簡単に使えそうだと思えば(使いやすい)、その便利さ(有用性)に気づきやすくなります。そして、「これは便利だ、使ってみよう」という気持ち(使用意図)が湧いて、実際に日常的に使うようになる(実際の使用)というわけです。
統計分析が示した関係性
著者たちは、このTAMモデルに基づいて五つの仮説を立てました。そして、構造方程式モデリングという高度な統計手法を用いて、これらの仮説を検証しました。 結果は興味深いものでした。五つの仮説のうち、四つが支持されました。具体的には、使いやすさは有用性を予測し、有用性は使用意図を予測し、使用意図は実際の使用を予測する、という関係が確認されました。しかし、使いやすさが直接、使用意図に影響を与えるという仮説は支持されませんでした。 これは何を意味するのでしょうか。ChatGPTのようなツールは確かに使いやすいのですが、使いやすいというだけでは「使いたい」という気持ちには直接つながらないということです。むしろ、使ってみて「これは役に立つ」と実感することが、使い続けようという意欲につながるのです。 言い換えれば、使いやすさは有用性を認識するための入り口であって、最終的に使い続けるかどうかを決めるのは、その道具が本当に自分の目的に役立つかどうかだということです。これは、新しい技術の普及を考える上で重要な知見と言えるでしょう。 さらに興味深いのは、以前にAI技術を使った経験があるかどうかが、新しいGPT技術の受け入れに影響しなかったという点です。つまり、ChatGPTは以前のAIツールとは全く異なる存在として認識されているということです。これは、ChatGPTの能力が従来のツールを大きく超えていることを示唆しています。
インタビューが明かした学習者の声
統計的な分析だけでは、数字の背後にある人間の経験は見えてきません。そこで著者たちは20人の学習者に詳しいインタビューを行いました。ここから浮かび上がってきたのは、三つの重要なテーマでした。
実践を通じて生まれる有用性の認識
一つ目のテーマは、有用性の認識が実際に使ってみる中で生まれるという点です。Lunaという学部生は、ChatGPTが英語学習に役立つと感じた理由を次のように語っています。「ChatGPTと対話することで、英語の読み書きを練習できます。それに、先生のように良い英語学習の資料や方法を勧めてくれます」。 別の大学院生のMichaelは、さらに踏み込んでこう述べています。「新しいGPT技術の力は、人間のように私たちと会話し、十分なフィードバックを提供し、英語学習の目標設定まで手伝ってくれることにあります。まさに個人教師のようです」。 興味深いのは、12人の参加者が、有用性は機能だけでなく、無料で使えることにもあると指摘した点です。Avaという学部生は、「ChatGPTが学生の私たちに非常に有用だと思われる主な理由は、高い能力がありながら無料だということです」と語りました。 これは、新しい技術の受け入れには、その性能だけでなく、アクセスのしやすさも重要だということを示しています。どんなに優れた道具でも、高額だったり入手困難だったりすれば、広く使われることはありません。
制約を乗り越えて使用意図を高める
二つ目のテーマは、学習者たちがAIツールの制約を認識しながらも、それを乗り越える方法を見つけて使用意図を高めていくという点です。 15人の参加者が、ChatGPTには様々な限界があることを指摘しました。たとえば、文章だけでやりとりすること(音声が使えない)、時には事実と異なる回答をすること、文脈をうまく理解できないこと、複雑な指示に対応できないことなどです。 通訳として働くOliviaは、こう振り返っています。「Bing ChatやChatGPTは時々、答えをでっち上げることがあります。だから、言うことを常に信じるわけにはいきません。また、文脈との関連付けがうまくできないようで、指示が複雑になると、うまく機能しません。効果的な学習ツールとしての可能性を探るには、ある程度の能力が必要です」。 しかし、この制約の認識は、使用をやめる理由にはなりませんでした。むしろ、20人中17人が、適切なプロンプト(指示の出し方)を工夫することで、これらの問題を克服できると述べています。 コンピュータサイエンスを学ぶRubyとChristopherは、プロンプトの重要性をこう説明しています。Rubyは「ChatGPTにはまだ多くの限界があります、特にユーザーの入力を理解する点で。人々は適切なプロンプトを与える必要があります。それは、GoogleやBaiduで検索するときに正しいキーワードを入力しないと望む答えが得られないのと同じです」と言い、Christopherは「適切なプロンプトを使うことは非常に重要です。なぜなら、それは大規模言語モデルが意図した出力を生成するための指針となるからです」と述べています。 これは、新しい技術を使いこなすには、その技術の特性を理解し、それに合わせた使い方を学ぶ必要があるということを示しています。まるで新しい楽器を演奏するときに、その楽器の癖を知り、それに適した奏法を身につけるようなものです。
教師や会話相手としての実際の活用
三つ目のテーマは、実際の使用場面では、AIツールが主に教師や会話相手として活用されているという点です。 Evelynという英文学専攻の学部生は、『白鯨』という古典小説を読むときにBing Chatを個人教師として使っていました。彼女は、難しい文章をBing Chatに中国語で説明してもらうことで、より効率的に英語の読解力を高められたと語っています。論文には実際のやりとりのスクリーンショットが掲載されていて、具体的な使用例が示されています。 さらに創意工夫を凝らした使い方もありました。TOEFLのスピーキング試験の準備をしていたIslaは、ChatGPTが文字でしかやりとりできないという制約に気づきました。そこで彼女は、ChatGPT自身に「音声で対話するにはどうすればいいか」と尋ねました。すると、音声認識の拡張機能を追加すればいいという提案があり、実際にChrome拡張機能を導入することで、音声でのやりとりを実現しました。 Islaはこう振り返っています。「ChatGPTに、書き言葉ではなく話し言葉で対話するにはどうすればいいか尋ねました。なぜなら、ChatGPTには資料を推薦したり解決策を提示したりする高度な能力があることを知っていたからです」。 この事例は、学習者たちが単に受動的に技術を使うのではなく、能動的に技術の可能性と制約を交渉しながら、自分の目的に合わせてカスタマイズしていることを示しています。
この研究の意義と貢献
この研究がもたらした知見は、いくつかの点で重要です。 まず、大規模な統計分析によって、学習者がGPT技術を受け入れるプロセスが実証的に示されました。使いやすさ、有用性、使用意図、実際の使用という流れは、理論的な予測とおおむね一致しており、TAMモデルの有効性が確認されました。同時に、使いやすさが使用意図に直接影響しないという発見は、新しい技術の普及を考える上で示唆に富んでいます。 次に、質的分析によって、統計では見えない学習者の具体的な工夫や創造性が明らかになりました。特に、制約を認識しながらもそれを乗り越えようとする姿勢や、プロンプトという新しい技能の重要性が浮き彫りになったことは、教育実践にとって重要な知見です。 さらに、著者たちは「AI literacies」という概念を提案しています。これは、AIツールを効果的に使うための特別な技能や態度を指します。適切なプロンプトを作成する能力、AIが生成した内容を批判的に評価する力、AIの仕組みやデータセットについての理解などが含まれます。これは単なる技術的なスキルではなく、AI時代における新しい形の読み書き能力と言えるでしょう。
研究の限界と課題
しかし、この研究にもいくつかの限界があることを、著者たち自身が認めています。 第一に、サンプリングの問題です。参加者はソーシャルメディアのAI議論グループから募集されました。つまり、もともとAIに興味があり、積極的に使っている人たちが対象になっている可能性が高いということです。GPT技術を全く使っていない学習者、あるいは試してみたけれど続かなかった人たちの視点は、この研究には含まれていません。 第二に、この調査は一時点での状況を捉えたものであり、長期的な変化を追跡していません。学習者がGPT技術を使い始めてからまだ数カ月しか経っていない時点での調査です。1年後、2年後にどうなっているかはわかりません。最初は熱心に使っていても、だんだん使わなくなるかもしれませんし、逆により洗練された使い方を身につけているかもしれません。 第三に、中国という特殊な文脈の問題があります。VPNを使わなければアクセスできないという状況は、他の国にはありません。この制約が学習者の行動や態度にどう影響しているかは、慎重に考える必要があります。 第四に、倫理的な問題についての議論が不十分です。論文の冒頭で、データプライバシーやアカデミックディスオネスティ(学業不正)などの懸念に触れてはいますが、実際の調査でこれらの問題をどう扱ったかは明確ではありません。学習者たちは、AIが生成した文章をそのまま自分のものとして提出することの是非を、どう考えているのでしょうか。こうした点についても、もっと掘り下げた調査が必要だったかもしれません。
教育実践への示唆
それでも、この研究が教育実践に投げかける問いは重要です。 著者たちは、教育関係者に対していくつかの提案をしています。まず、GPT技術の教育的な可能性を認識し、カリキュラムや政策に反映させることです。次に、教室での学習と教室外での非公式な学習を橋渡しする活動をデザインすることです。そして最も重要なのは、教師と学生の両方が、AI技術が行動や思考をどう形作るかについて批判的に考える力を育てることです。 たとえば、教師は学生に対して、ChatGPTが生成した文章をそのまま受け入れるのではなく、その内容を検証し、複数の情報源と照らし合わせることの重要性を教える必要があります。また、効果的なプロンプトの作り方を指導することも、新しい教育課題となるでしょう。 同時に、アクセスの平等性という問題も見過ごせません。著者たちも論文の最後で指摘していますが、GPT技術へのアクセスは地域や経済状況によって大きく異なります。より高性能なChatGPT Plusは有料で、すべての学習者が使えるわけではありません。この不平等が、学習機会の格差を広げる可能性があります。
今後の研究課題
この研究は、AI時代の言語学習という広大な領域への第一歩に過ぎません。今後、さらに探究すべき課題は数多くあります。 まず、より多様な学習者集団を対象とした研究が必要です。中国だけでなく、様々な国や文化圏の学習者がGPT技術をどう使っているか、比較研究が求められます。また、年齢層を広げた調査も重要でしょう。この研究の参加者は大半が若い大学生でしたが、中高生や社会人学習者はどうなのでしょうか。 次に、長期的な追跡調査が不可欠です。学習者のAI使用パターンは時間とともにどう変化するのか、最初の熱意は持続するのか、それとも冷めていくのか。また、実際に英語力の向上につながっているのかという効果の検証も必要です。 さらに、教室内での使用と教室外での使用をどう統合するかという課題もあります。この研究は教室外の非公式な学習に焦点を当てましたが、実際には両者は切り離せないものです。教師の指導のもとでのAI活用と、自律的な活用をどうバランスさせるか、さらなる研究が求められます。 倫理的な問題についても、より深い考察が必要です。AIが生成した文章の著作権はどうなるのか、AIに頼りすぎることで自分で考える力が衰えないか、AIの偏見や誤情報をどう見抜くか。こうした問いに、教育現場は向き合わなければなりません。
終わりに―技術と人間の対話
この論文を読んで印象的だったのは、学習者たちが新しい技術に対して、単に受け身ではないということです。彼らは制約を認識し、それを乗り越える方法を考え、自分の目的に合わせて技術をカスタマイズしています。音声機能がないなら拡張機能を追加する、正確な答えが得られないなら質問の仕方を工夫する。そうした能動的な姿勢こそが、AI時代の学習者に求められるものなのかもしれません。 同時に、この研究は技術がすべてを解決するわけではないことも示唆しています。使いやすさだけでは継続的な使用にはつながらず、本当に役立つという実感が必要です。また、技術へのアクセスには格差があり、すべての人が平等に恩恵を受けられるわけではありません。 結局のところ、技術は道具であり、それをどう使うかは人間次第です。ChatGPTのようなAIツールは、確かに強力な学習支援の可能性を秘めています。けれども、それを教育的に意味のある形で活用するには、学習者の主体性、批判的思考、そして倫理的な配慮が不可欠です。 Guangxiang Leon Liu、Ron Darvin、Chaojun Maの三人の研究者が示してくれたのは、技術と人間の対話の一つの姿です。この対話は今も続いており、私たちはその渦中にいます。この研究が投げかけた問いに答えを見つけるのは、これからの教育実践と研究の課題です。そして、その答えは一つではないでしょう。異なる文脈、異なる学習者、異なる目的に応じて、多様な答えが見つかっていくはずです。 その意味で、この論文は終わりではなく、始まりなのかもしれません。AI時代の言語学習という、まだ地図が十分に描かれていない領域を、一歩一歩探索していくための出発点として、この研究は価値ある貢献をしています。
Liu, G. L., Darvin, R., & Ma, C. (2024). Exploring AI-mediated informal digital learning of English (AI-IDLE): A mixed-method investigation of Chinese EFL learners’ AI adoption and experiences. Computer Assisted Language Learning. Advance online publication. https://doi.org/10.1080/09588221.2024.2310288
