言葉の境界線が交差する場所
皆さんは、家族の会話の中で複数の言語が自然に入り交じる様子を見たことがあるでしょうか。例えば、ロシア語を母語とする母親が子どもに「Быстрее собирайтесь в школу(早く学校の準備をしなさい)」と声をかけ、子どもが「’Ένα λεπτό, δως μου ένα λεπτό(ちょっと待って、あと1分だけ)」とギリシャ語で答え、母親が再び「Ты всё время опаздываешь!(いつも遅刻するでしょ)」とロシア語で叱ると、子どもは「Нет, неправда μόνο σήμερα…(違うよ、今日だけだよ)」とロシア語とギリシャ語を混ぜて返す―こうした言語の混在は、移民家族や国際結婚家族では日常的に起こっています。
この論文”Translanguaging space and translanguaging practices in multilingual Russian-speaking families”は、まさにそうした言語が混ざり合う現象を、「トランスランゲージング」という概念で捉え、キプロス、エストニア、スウェーデンという3つの異なる環境で暮らすロシア語話者家族を調査したものです。著者のSviatlana Karpavarはキプロス大学で応用言語学を教え、Natalia Ringblomはストックホルム大学とダラーナ大学でスラブ語を専門とし、Anastassia Zabrodskjaはタリン大学で異文化コミュニケーションを研究しています。3人はそれぞれの国で約6ヶ月間、各10家族の生活に密着し、家庭での言語使用を観察しました。
トランスランゲージングとは何か―従来の考え方との違い
従来、複数の言語を話す人について、私たちは「2つの別々の言語システムを頭の中に持っている」と考えてきました。まるで2つの引き出しがあって、状況に応じて使い分けるようなイメージです。しかし、トランスランゲージングの考え方は違います。多言語話者は実際には1つの統合された言語システムを持っており、そこから自由に必要な言語資源を取り出して使っている、という見方です。
例えば論文に出てくる例では、エストニアのロシア語家族の子どもが「Какой toit предлагается в новом kohvik-е?(新しいカフェではどんな食べ物が出るの?)」と言います。「toit(食べ物)」と「kohvik(カフェ)」はエストニア語ですが、文の骨組みはロシア語で、エストニア語の単語もロシア語の文法規則に従って格変化しています。これは単なる言葉の切り替えではなく、2つの言語が深く融合した使い方なのです。
3つの国、3つの異なる物語
この研究が興味深いのは、ロシア語という同じ言語が、3つの異なる社会でまったく違う位置づけにあることを浮き彫りにしている点です。
キプロスでは、ロシア語はむしろ「上昇中の言語」です。1990年代以降、ロシア人観光客や移住者が増え、約5万人のロシア語話者が暮らしています。特にリマソールでは人口の75%を占めるほどです。街には「ΦΑΡΟΤΑΒΕΡΝΑ ΦΡΕΣΚΑ ΚΥΠΡΙΑΚΑ ΨΑΡΙΑ FRESH CYPRUS FISH(新鮮なキプロスの魚)」といった、ギリシャ語、英語、ロシア語が並ぶ看板が当たり前のように見られます。ロシア語を話せることが就職に有利になることもあり、キプロス人自身がロシア語を学ぶケースも増えています。
一方、エストニアの状況は複雑です。ソビエト時代の移民によって形成されたロシア語話者コミュニティは、独立後、主流の地位から一転して周辺的な存在になりました。エストニア語が公用語として復権し、ロシア語は急速に地位を失ったのです。市民権取得にはエストニア語の試験が必要で、教師や医師、警察官などの職業にも言語要件が課されています。ただし、観光や商業の分野では、ロシア語話者の顧客を意識した看板も見られます。論文に掲載されている写真では、「Hutorok ТРАКТИРЪ」という看板が興味深いです。ロシア語の「хуторок(小さな農場)」をエストニア語の綴り規則でラテン文字化し、「трактиръ(居酒屋)」は帝政ロシア時代の綴りで書かれています。ノスタルジーを商品化する戦略が見て取れます。
スウェーデンでは、ロシア語話者は約3万人と少数派です。1570年代から移民の波がありましたが、大きなコミュニティを形成することはありませんでした。地理的に分散しており、スウェーデン人と結婚して配偶者の出身地に住むケースも多いため、孤立しがちです。公共空間でのロシア語の存在感は薄く、論文の写真では地下鉄の駅や博物館での表示、あるいは個人的な落書きとして使われる程度です。
家庭の中の言語地図―本棚から文化的シンボルまで
研究者たちは、家庭を訪問して18~24時間を過ごし、食事や遊び、宿題をする場面など、日常生活を観察しました。そこで注目したのは、言葉だけでなく、家の中にある物や空間そのものです。
本棚を見ると、ロシア語の絵本、現地語の教科書、英語の児童書が並んでいます。これは「多言語的な空間」を象徴しています。親たちはロシアの昔話を好んで読み聞かせますが、古い言葉遣いや複雑な文法を避けるため、話を簡略化することもあるそうです。子どもが理解できるように調整しているわけです。
興味深いのは、文化的なシンボルの配置です。ロシアのマトリョーシカ人形、ホフロマ塗りの工芸品、ジェーリ焼きの陶器、サモワール(ロシアの伝統的な湯沸かし器)といったロシア文化を象徴する品々が、現地の文化やアメリカ文化の品物と一緒に飾られています。これは単なる装飾ではなく、子どもが2つ(あるいは3つ以上)の文化に同時に触れ、それを自然なものとして受け入れる環境を作っているのです。
実際の会話から見えてくるパターン
研究者たちが記録した会話の例は、トランスランゲージングが単なる言葉の切り替え以上のものであることを示しています。
キプロスの家族では、祖母と2人の娘の会話が記録されています。娘たちが「Πάμε θάλασσα!(海に行こう!)」とギリシャ語で言い、祖母が「Надо говорить по-русски!(ロシア語で話しなさい)」と注意すると、娘は「Да, бабушка! Пошли на море; надо взять полотенца.(はい、おばあちゃん!海に行こう、タオルを持っていかなきゃ)」とロシア語で応じます。すると妹が最後に「OK, let’s go!」と英語で締めくくります。この短いやり取りの中に、3つの言語と3世代の言語選択のパターンが凝縮されています。
スウェーデンの例では、子どもが学校の話をする際、「Мы на träslöjd такое делали(私たちは労作の授業でこういうのを作った)」と言います。「träslöjd(木工)」はスウェーデン語で、適切なロシア語訳がすぐに浮かばないか、学校での経験と強く結びついているため、そのままスウェーデン語を使っているのです。別の例では「У нас был svenska prov по särskrivning(私たちはスウェーデン語の綴り方テストがあった)」と、学校関連の語彙がスウェーデン語で挿入されています。
エストニアでは、「Из-за õpetaja такoй плохой tuju у меня сегодня(先生のせいで今日は機嫌が悪い)」という文が記録されています。わずか1文の中に2つのエストニア語の単語(õpetaja = 先生、tuju = 機嫌)が入り、しかもロシア語の文法規則に従って性や格が適用されています。
感嘆詞と感情表現―言語の境界が最も曖昧になる場所
研究者たちが発見した興味深いパターンの1つは、感情表現や感嘆詞において、現地語が頻繁に使われることです。スウェーデンでは「men asså(あー、もう)」、「oops!」、「oh nej(あー、ダメだ)」、「va?(何?)」といった言葉が、普段はロシア語を話している文脈でも自然に出てきます。
エストニアでは「aitab küll!(もう十分!)」、「mida?(何?)」、「nii(そう)」といった言葉が、驚き、不満、同意など、さまざまな感情を表すために使われます。キプロスでは英語の「please」、「relax」、「super」、「the best!」が好まれます。
これらは単なる言葉の借用ではなく、その場の雰囲気や感情を最も適切に表現できる言語資源として選ばれているのです。まるで、感情を表すのに最適な「音」や「響き」を持つ言葉を、無意識のうちに選んでいるかのようです。
店名や商品名―実用性が生む言語の混在
日常会話でトランスランゲージングが起こりやすいのは、店名や商品名を言うときです。キプロスの例では「В organic shop покупаю, без пальмового масла(オーガニックショップで買う、パーム油なしのもの)」という文が出てきます。「organic shop」という英語の固有名詞がそのまま使われています。
別の会話では、「Какие магазины сегодня работают?(今日はどの店が開いてる?)」という質問に、「Παπάς работает, Σύγμα всегда работает, без выходных, обедов и праздников!(パパスは開いてる、シグマはいつも開いてる、週7日、休憩時間なし、祝日も!)」と答えています。店名はギリシャ語のまま、説明はロシア語です。
これは単に便利だからというだけでなく、その店や商品が現地の生活と密接に結びついていることを示しています。わざわざロシア語に訳すよりも、現地語の名前で呼ぶ方が自然なのです。
トランスランゲージングは脅威か、それとも機会か
この研究の最も重要な問いは、トランスランゲージングがマイノリティ言語の維持にとって良いことなのか、悪いことなのか、という点です。著者たちは、両方の可能性があると述べています。
肯定的な側面としては、トランスランゲージングが家族内のコミュニケーションを円滑にし、すべての家族成員が対等に会話に参加できるようにする点が挙げられます。言語能力にばらつきがあっても、各自が使える言語資源を自由に組み合わせることで、豊かなやり取りが可能になります。また、子どもたちは複数の文化的アイデンティティを統合し、柔軟な言語使用者として育ちます。
しかし、否定的な側面もあります。もし家族が意識的な言語管理をせず、「なるがままに任せる(laissez-faire)」態度を取っていると、子どもたちの発話で主流言語の要素がどんどん増え、最終的にはロシア語が失われる「言語シフト」が起こる可能性があります。実際、親たちの中には、当初は予想していなかった速さで子どもが主流言語に移行していくことに驚く人もいたそうです。
著者たちは、新しい「ロシア語の変種」が3カ国でそれぞれ発展していると指摘しています。「キプロス・ロシア語」、「エストニア・ロシア語」、「スウェーデン・ロシア語」とでも呼ぶべき、現地の言語の影響を受けた新しい形のロシア語です。これを言語の「変化」と見るか、「喪失」と見るかは、視点によって異なります。
日本の教育現場への示唆―多言語環境の子どもたちをどう支えるか
この研究は、日本の教育現場にも重要な示唆を与えます。日本でも、国際結婚家族や外国にルーツを持つ子どもたちが増えています。そうした子どもたちが、家庭では母語と日本語を混ぜて話すことは、決して珍しくありません。
従来、こうした言語の混在は「どっちつかず」「中途半端」といった否定的な見方をされることがありました。しかし、トランスランゲージングの視点からは、これは自然で創造的な言語使用の形態なのです。子どもたちは2つの言語システムを別々に持っているのではなく、1つの統合された言語資源から、状況に応じて最適な表現を選んでいます。
教師や支援者にできることは、まず、こうした言語使用を否定しないことです。家庭での会話で日本語と母語が混ざることは、言語発達の妨げではなく、むしろ柔軟な言語能力の表れです。ただし同時に、母語の維持には意識的な努力が必要であることも認識すべきです。この研究が示すように、親が何もしなければ、子どもは主流言語(日本の場合は日本語)に急速にシフトしていきます。
学校では、子どもの母語を尊重し、可能であれば母語での学習機会を提供することが望ましいでしょう。スウェーデンのように、母語教育を公教育の一部として提供している国もあります。また、家庭に対しては、母語の絵本を読み聞かせる、母語のコミュニティ活動に参加する、母国の親戚とオンラインで交流するなど、多様な形で母語に触れる機会を持つことを勧められます。
言葉の境界を越えて生きること
この論文を読んで印象的なのは、研究者たちが家族の生活に深く入り込み、言葉だけでなく、家の中の本や装飾品、街の看板に至るまで、多様な「言語の痕跡」を丁寧に観察している点です。言語は単に頭の中にあるシステムではなく、物理的な空間や社会関係の中に埋め込まれているという視点が貫かれています。
キプロス、エストニア、スウェーデンという3つの社会でロシア語の地位がまったく異なることも、興味深い発見です。同じ言語でも、社会的文脈によって「上昇中の言語」にも「周辺化された言語」にもなり得る。そして、それが家庭内の言語使用や子どもの言語発達に影響を与える。
ただし、この研究にも限界はあります。各国10家族ずつという比較的小さなサンプルサイズであり、しかも6ヶ月間という限られた期間の観察です。長期的に追跡すれば、子どもたちの言語使用がどう変化していくか、より詳しく分かるでしょう。また、研究対象が主に「ロシア語を維持したいと考えている家族」に偏っている可能性もあります。ロシア語に関心のない家族では、まったく異なるパターンが見られるかもしれません。
それでも、この研究は、多言語環境で育つ子どもたちの言語使用を理解する上で、重要な枠組みを提供しています。トランスランゲージングという現象を、単なる「コードスイッチング」や「言語混在」として片付けるのではなく、創造的で動的な言語実践として捉え直すこと。そして、それが家族のコミュニケーションを豊かにする可能性と、母語喪失のリスクの両方を孕んでいることを認識すること。
私たちの社会がますます多様化し、複数の言語や文化の間で生きる人々が増える中で、こうした研究の意義はますます大きくなっています。言葉の境界を越えて生きることは、決して例外的な状況ではなく、これからの時代の「普通のこと」になっていくのかもしれません。そのとき、私たちには、固定的な「正しい言語使用」の観念を手放し、より柔軟で包摂的な言語観を持つことが求められるでしょう。
この論文は、そうした新しい言語観への扉を開く、貴重な一歩だと言えます。3カ国の家族の暮らしの中に響く、混じり合った言葉の音。それは、私たちがこれから向き合っていくべき、多言語・多文化社会の縮図なのです。
Karpava, S., Ringblom, N., & Zabrodskaja, A. (2021). Translanguaging space and translanguaging practices in multilingual Russian-speaking families. Russian Journal of Linguistics, 25(4), 931–957. https://doi.org/10.22363/2687-0088-2021-25-4-931-957
