はじめに―日常的な疑問から生まれた研究

英語の文章を読んでいて知らない単語に出会ったとき、あなたはどうしますか。前後の文脈から意味を推測しようとする人もいれば、すぐに辞書を引く人もいるでしょう。実は、この何気ない選択が、語彙の定着にどう影響するのかについては、研究者の間でも意見が分かれてきました。

Bangor大学のAlaa Alahmadiと、Graz大学のAnouschka Foltzによる本研究は、まさにこの問いに取り組んでいます。2020年に学術誌PLOS ONEに発表されたこの論文”Exploring the effect of lexical inferencing and dictionary consultation on undergraduate EFL students’ vocabulary acquisition”は、サウジアラビアの英語専攻大学生61名を対象に、文脈から意味を推測する方法(語彙推論)と辞書で調べる方法(辞書使用)を比較しました。

研究の第一著者であるAlahmadiは、サウジアラビアのKing Abdulaziz大学の支援を受けており、自身がアラビア語を母語とする英語学習者という立場から、この問題に強い関心を持っていたと考えられます。第二著者のFoltzは、第二言語習得研究の専門家として、理論的な枠組みと分析手法の面で貢献しています。

語彙学習をめぐる理論的背景

この研究を理解するには、まず語彙学習に関する基本的な考え方を知っておく必要があります。第二言語教育の分野では、長い間、文法や発音ばかりが重視され、語彙学習は軽視されてきました。しかし1990年代以降、Lewisという研究者が「言語は文法化された語彙であって、語彙化された文法ではない」と批判して以来、語彙研究への関心が高まってきたのです。

研究者たちは、学習者がどのように新しい単語を学ぶのかを理解するために、様々な「語彙学習戦略」を分類してきました。Schmittによる分類では、新しい単語を発見するための「発見戦略」と、一度学んだ単語を記憶に定着させるための「定着戦略」に大別されます。本研究で扱う語彙推論と辞書使用は、どちらも発見戦略の一種です。

興味深いことに、複数の調査で、これら2つの戦略は学習者が最も頻繁に使う方法だと報告されています。おそらく、どちらも比較的簡単に実行できるからでしょう。しかし、これまでの研究結果は一貫していませんでした。ある研究では推測のほうが効果的だとされ、別の研究では辞書使用のほうが優れているとされ、さらに別の研究では両者は同程度だとされてきたのです。

処理の深さという視点

では、なぜ特定の学習方法が記憶に残りやすいのでしょうか。心理学の研究では、「処理の深さ」という概念が重要視されています。1970年代にCraikとLockhartが提唱したこの理論によれば、情報を浅く処理するよりも深く処理したほうが、記憶に残りやすいとされています。

この考え方を語彙学習に応用したのが、HulstijnとLauferによる「関与負荷仮説(Involvement Load Hypothesis)」です。この理論では、学習課題の関与負荷を、「必要性(need)」「探索(search)」「評価(evaluation)」という3つの要素から評価します。

例えば、語彙推論の場合を考えてみましょう。学習者は指示されて推測するので、必要性は中程度(1点)です。意味を自分で探さなければならないので、探索も中程度(1点)です。そして、推測した意味が文脈に合うかを判断する必要があるため、評価は高い(2点)とされます。合計4点です。

一方、辞書使用も同じく合計4点になります。必要性と探索は推測と同じですが、辞書に載っている複数の訳語の中から文脈に合うものを選ぶ必要があるため、評価は2点になるのです。

より最近のNationとWebbによる「技法特性分析(Technique Feature Analysis)」でも、両戦略は18点満点中11点と同じスコアになります。つまり、理論的には、両方の戦略は同程度の学習効果をもたらすはずなのです。

実験の設計―現実に近い学習環境を目指して

本研究の特徴は、できるだけ自然な読解活動に近い状況を作り出そうとした点にあります。参加者は、サウジアラビアの3つの大学から集められた英語専攻の4年生で、47名が男性、14名が女性でした。年齢は20歳から28歳で、平均は22.75歳です。全員がアラビア語を母語とし、小学校4年生から英語を学び始め、これまでに約1600時間の英語教育を受けていました。

実験は4つのセッションで構成されました。まず事前テストで、参加者の英語力と語彙サイズを測定しました。語彙サイズの測定には、XK_Lexという、英語の最も一般的な1万語の知識を推定するテストを使用しました。このテストは、実在する単語100個と、実在しない偽の単語20個が含まれており、参加者が知っていると思う単語にチェックを入れます。偽の単語へのチェック数から、当て推量の影響を補正する仕組みになっています。

事前テストでは、48個の単語(後に訓練する24個のターゲット語と、訓練しない24個のコントロール語)の翻訳課題も行いました。ターゲット語とコントロール語は、頻度、難易度、語の長さ、派生的複雑さ、品詞において統計的に差がないように慎重に選ばれました。

2週間後と3週間後の2回、メインの訓練セッションが行われました。参加者は、英語の教科書から改変した4つのテキストを読みました。テキストの難易度は、大学生に適した中程度のレベルで、3000語族の知識があれば95%のテキストカバレッジ、4000語族の知識があれば98%のカバレッジが得られる程度でした。

各テキストには6個のターゲット語が下線付きで示されており、参加者は2つのテキストでは下線付きの単語を辞書で調べ、残りの2つのテキストでは文脈から推測するよう指示されました。どのテキストでどちらの方法を使うかは、参加者間でカウンターバランスされていました(つまり、ある参加者がテキスト1で推測した単語を、別の参加者はテキスト2で推測するというように)。

重要なのは、参加者は自分が知っている単語と、推測または辞書で調べた単語を別々の欄に記入するよう求められた点です。これにより、研究者は推測の成功度を測定できました。実際、参加者は訓練中に自己申告した知識よりも、実際の知識のほうが低いことが分かりました。これは、自分の知識を過大評価する傾向を示しています。

最後に、2回目の訓練セッションから2週間後に遅延事後テストが行われ、再び48個の単語の翻訳課題が課されました。

結果―予想通りでもあり、意外でもある発見

まず、訓練の効果について見てみましょう。事前テストでは、参加者は24個のターゲット語のうち平均4.61個しか知りませんでした(コントロール語は3.75個)。これは、天井効果(すでに知識があって学習の余地がない状態)を避けるために重要です。訓練後の遅延事後テストでは、ターゲット語の知識は9.97個に増加しましたが、コントロール語は5.43個にとどまりました。

学習効果(事後テストの得点から事前テストの得点を引いた値)を比較すると、ターゲット語はコントロール語よりも有意に高い学習効果を示しました。効果量を示すCohen’s dは1.18で、これは非常に大きな効果を意味します。つまり、文章を読みながら単語の意味を推測したり辞書で調べたりすることは、確かに語彙学習に効果があるということです。

では、推測と辞書使用ではどちらが効果的だったのでしょうか。結果は、両者の学習効果に統計的な差がありませんでした。推測による学習効果の平均は2.80語、辞書使用による学習効果の平均は2.55語で、効果量(Cohen’s d)はわずか0.11でした。これは、理論的な予測と一致する結果でした。

さらに興味深い発見もありました。学習効果に影響を与える要因を分析したところ、推測条件では3つの要因が重要でした。第一に、事前テストでの語彙サイズが大きい参加者ほど、推測による学習効果が高かったのです。第二に、推測が正確だった参加者ほど、学習効果が高くなりました。そして第三に、訓練前にすでに知っていた単語が多い参加者は、学習効果が低くなりました(これは当然です―すでに知っている単語は学べませんから)。

辞書使用条件では、語彙サイズのみが学習効果に影響していました。つまり、語彙の知識が豊富な学習者は、辞書を使う場合でも、より効果的に新しい単語を学べるということです。

語彙サイズという基礎体力

この研究で特に注目すべきは、学習者の既存の語彙知識が、どちらの学習戦略でも重要な役割を果たしていたという点です。これは、いわば語彙学習における「基礎体力」のようなものです。

なぜ語彙サイズが重要なのでしょうか。文脈から意味を推測する場合を考えてみましょう。ある文に1つだけ知らない単語があれば、周りの単語から意味を推測できるかもしれません。しかし、知らない単語が5つも10個もあったら、推測は非常に難しくなります。

研究者たちは、テキストの「カバレッジ」という概念を使って、これを説明しています。98%のテキストカバレッジ、つまりテキストの98%の単語を知っていれば、快適に読解でき、知らない単語の意味も推測しやすいとされています。本研究で使用されたテキストでは、98%のカバレッジを得るには約4000語族の知識が必要でした。

しかし、参加者の平均語彙サイズは3331語で、これは95%程度のカバレッジにしかなりません。それにもかかわらず、参加者は推測によって学習できていました。これは、98%という基準が絶対的なものではなく、テキストの性質によっては、それより低いカバレッジでも推測が可能であることを示唆しています。

著者たちは、今回使用した教科書のテキストが、学習者のレベルに合わせて書かれており、推測を助けるような文脈的手がかりが豊富に含まれていた可能性を指摘しています。実際、どの単語が最もよく学習されたかを分析すると、いくつかのパターンが見えてきました。

例えば、リストの中に並んでいる単語(「認知プロセスには知覚、思考、問題解決、記憶、言語、注意が含まれる」のような文)は、比較的学習されにくかったようです。リスト形式では、単語間の関係性が明確でないため、推測の手がかりが少ないのです。

一方、形容詞や副詞は比較的学習されやすかったようです。例えば「The iceman’s hair was neatly cut(その氷人の髪はきちんと切られていた)」という文では、”neatly”という副詞は”cut”という動詞と”hair”という名詞によって意味が制約されます。髪が切られる様子を表す言葉である、ということが分かれば、推測の範囲は狭まります。

辞書使用にも語彙力が必要という意外な発見

この研究のもう一つの重要な発見は、辞書使用においても、既存の語彙サイズが学習効果に影響していたという点です。これは比較的新しい知見です。

従来、辞書は初級者でも使える便利なツールと考えられてきました。実際、Krashenという有名な研究者は、辞書使用は特に初心者の学習者に適していると主張していました。しかし、本研究の結果は、この見方に疑問を投げかけます。

なぜ辞書を使う場合にも語彙力が必要なのでしょうか。著者たちは、語彙知識が豊富な学習者は、辞書で調べた単語を既存の知識ネットワークにより容易に統合できるのではないかと推測しています。

例えば、”glamorous”という単語を辞書で調べて「魅力的な」という意味を知ったとしましょう。すでに”attractive”、”charming”、”appealing”といった類似の単語を知っている学習者は、これらの単語との関連性を理解し、”glamorous”の微妙なニュアンス(より華やかで人目を引く魅力)を把握しやすいかもしれません。一方、関連する語彙が少ない学習者にとっては、新しい単語は孤立した知識として記憶されることになり、定着しにくい可能性があります。

推測の正確さという両刃の剣

推測条件に関する分析からは、もう一つ重要な発見がありました。推測が正確だった参加者ほど、推測による学習効果が高かったのです。逆に言えば、推測が不正確だった参加者は、学習効果が低かったということになります。

これは、推測という戦略の持つリスクを浮き彫りにしています。正しく推測できれば効果的ですが、誤った推測をしてしまうと、誤った意味を学習してしまう可能性があるのです。

実際、本研究では参加者が推測したすべての単語について正誤を判定しました。その結果、推測の正確さには個人差があり、この正確さが最終的な学習成果に影響していたことが分かりました。

この発見は、実用的な意味合いも持っています。授業で推測戦略を教える場合、単に推測させるだけでなく、推測の正確さを確認する機会(例えば、推測後に辞書で確認する)を設けることが重要かもしれません。実際、Mondriaの研究では、推測後に正解を確認する方法は時間がかかるものの、辞書使用と同程度の効果があることが示されています。

先行研究との相違点をどう理解するか

冒頭で述べたように、これまでの研究では、推測と辞書使用のどちらが効果的かについて、一貫した結果が得られていませんでした。本研究は両者が同程度と結論づけていますが、なぜ他の研究では異なる結果が出たのでしょうか。

著者たちは、いくつかの可能性を挙げています。第一に、研究デザインの違いです。本研究では参加者内デザイン(同じ参加者が両方の条件を経験する)を採用しましたが、多くの先行研究では参加者間デザイン(異なる参加者が異なる条件を経験する)を使用していました。参加者間デザインでは、個人差が結果に影響する可能性があります。

第二に、推測戦略の訓練の有無です。Shangarfamたちの研究では、参加者に推測方法を明示的に教えていました。もしかすると、適切な訓練を受ければ、推測は辞書使用より効果的になるのかもしれません。しかし、本研究では自然な推測を観察するため、特別な訓練は行いませんでした。

興味深いことに、Yaʏliの研究では、学習者は明示的に教えられなくても、いくつかの推測戦略を自然に使用していることが示されています。例えば、接続詞や代名詞などの結束性の手がかりを使うといった戦略です。

第三に、検証の機会の有無です。Azinたちの研究では、推測群は推測後に辞書で確認することができました。この「推測プラス検証」という方法は、単純な推測よりも効果的かもしれません。ただし、Mondriaの研究では、推測プラス検証は辞書使用と同程度の効果で、単に時間がかかるだけだという結果も出ています。

研究の限界と今後の課題

どんな研究にも限界があり、本研究も例外ではありません。著者たち自身が認めているように、いくつかの点で改善の余地があります。

第一に、語彙サイズの測定方法です。XK_Lexテストは自己申告式であるため、参加者の性格特性(例えば、慎重か楽観的か)が結果に影響する可能性があります。実際、訓練セッションでの自己申告と実際の知識を比較したところ、参加者は自分の知識を過大評価する傾向がありました。ただし、この過大評価は一貫していたため(相関係数0.9)、影響は比較的小さいと考えられます。

第二に、各単語への曝露が1回のみだった点です。実際の語彙学習では、同じ単語に複数回出会うことで定着が進むと考えられています。1回の曝露でも測定可能な学習効果が見られたことは興味深いですが、複数回の曝露を含む研究も必要でしょう。

第三に、テキストの性質です。本研究では教科書から取ったテキストを使用しましたが、これらは学習者のレベルに合わせて書かれており、推測を助ける手がかりが豊富だった可能性があります。より自然な(そして難しい)テキストでは、異なる結果が出るかもしれません。

第四に、文化的要因です。本研究の参加者はすべてサウジアラビアの学生でした。学習スタイルや戦略の好みには文化的な違いがある可能性があるため、他の文化圏での追試が望まれます。

教育現場への示唆

では、この研究から、実際の英語教育にどのような示唆が得られるでしょうか。

第一に、推測と辞書使用は、どちらも有効な語彙学習戦略であるということです。教師は、生徒に両方の戦略を教え、状況に応じて使い分けられるようにすべきでしょう。

第二に、どちらの戦略を使う場合でも、基礎となる語彙力が重要だということです。これは、語彙学習が「雪だるま式」に進むことを示唆しています。語彙が増えれば増えるほど、新しい語彙を学ぶのが容易になるのです。したがって、特に初級段階では、基本的な語彙を確実に身につけることが重要です。

第三に、推測戦略を教える場合は、正確さの確認も含めるべきだということです。誤った推測は、誤った学習につながる可能性があります。推測した後、辞書で確認する習慣をつけさせることが有効かもしれません。

第四に、テキストの選択が重要だということです。学習者のレベルに合ったテキスト(95%以上のカバレッジが得られるもの)を選ぶことで、推測による学習が促進されます。

おわりに―語彙学習の複雑さと面白さ

この研究は、一見単純な問い―推測と辞書使用のどちらが効果的か―から出発しましたが、実際にはより複雑で興味深い様相を明らかにしました。両戦略は同程度に効果的ですが、その効果は学習者の既存の知識、推測の正確さ、テキストの性質など、様々な要因に影響されるのです。

語彙学習は、単に単語と意味の対応を覚えるという単純な作業ではありません。それは、既存の知識ネットワークに新しい知識を統合していく、動的なプロセスなのです。この研究は、そのプロセスの一端を明らかにし、より効果的な語彙学習への道筋を示してくれています。

今後の研究では、より長期的な効果の検証、より多様な学習者集団での追試、そして教室での実践的な応用などが期待されます。語彙学習という、すべての言語学習の基礎となる領域での研究の進展は、世界中の言語学習者に恩恵をもたらすことでしょう。

あなたが次に英語の文章を読んで知らない単語に出会ったとき、推測してみるか辞書を引いてみるか―どちらでも構いません。この研究が教えてくれるのは、大切なのは方法そのものよりも、継続的に語彙を増やし、既存の知識と新しい知識をつなげていくことだということなのですから。


Alahmadi, A., & Foltz, A. (2020). Exploring the effect of lexical inferencing and dictionary consultation on undergraduate EFL students’ vocabulary acquisition. PLOS ONE, 15(7), Article e0236798. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0236798

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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