スーパーのレジに並んでいる親子を見かけたときのことです。小学生くらいの女の子が、母親に向かってスペイン語で話しかけ、次の瞬間、店員さんには流暢な英語で応答していました。この自然な言語の切り替えは、バイリンガルの子どもたちにとっては日常の風景ですが、研究者たちはこうした言語環境が子どもの読み書き能力にどう影響するのか、長年にわたって探求してきました。

今回ご紹介する研究”Exploring the relationships among language input-output, vocabulary knowledge, and English reading development of emergent bilinguals in dual language immersion programs”は、The Ohio State UniversityのBecky H. HuangとJi-Young Choiによる、スペイン語と英語を話す子どもたちの言語発達に関する論文です。この研究は、2025年8月にInternational Journal of Bilingual Education and Bilingualismに掲載されたもので、アメリカの二言語イマージョン・プログラム(Dual Language Immersion、以下DLI)に在籍する338名のラティーノ系の子どもたちを対象にしています。

筆者たちの問題意識―言語環境が読解力に与える影響を解明する

HuangとChoiが取り組んだのは、バイリンガルの子どもたちにとって避けられない課題です。母語(この場合はスペイン語)を話す家庭に育ちながら、学校では英語で読み書きを学ぶ子どもたちは、一つの言語だけで育つ子どもたちとは異なる発達の道筋をたどります。彼らは、英語の口頭言語能力をまだ十分に身につけていない段階で、英語での読み書きを学び始めることになるのです。

従来の研究では、子どもたちがどれだけ各言語に触れ、使っているか(これを研究では「言語インプット・アウトプット」と呼びます)が語彙力に影響し、その語彙力が読解力を支えることが知られていました。しかし、この三つの要素―言語使用、語彙力、読解力―がどのように結びついているのか、特にDLIプログラムに在籍する子どもたちについては、これまでほとんど調査されていませんでした。

DLIプログラムは、スペイン語と英語の両方で教科や読み書きを教える教育プログラムで、子どもたちが二つの言語をバランスよく発達させることを目指しています。アメリカの多くの学校では英語だけで教育が行われるため、スペイン語を家庭で話す子どもたちは母語を失いがちですが、DLIプログラムでは学校でもスペイン語を使い続けられる環境が提供されます。

研究の方法―アメリカ南西部の7つの学校で3年間にわたる調査

この研究は、アメリカ南西部の都市にある7つの小学校で、2019年から2022年にかけて実施されました。対象となったのは、1年生と3年生の子どもたち338名で、全員がメキシコ系移民の多い地域に住み、家庭ではスペイン語を話し、学校の記録では「英語学習者」として登録されていました。

研究チームは、子どもたちの英語とスペイン語の語彙力、英語の読解力(文章理解と文字の読み取り)を標準化されたテストで測定しました。使われたのは、Woodcock-Johnson IVという信頼性の高い評価ツールです。語彙テストでは、絵を見て物の名前を答える形式が採用され、読解テストでは文章の空欄を埋める課題や、単語や疑似単語(実際には存在しない単語)を読む課題が含まれていました。

さらに、子どもたちがどれくらい各言語を使っているかを調べるため、子ども自身へのアンケートと教師へのアンケートが実施されました。子どもたちには「家に帰ってから」「週末に」「メディアを見るときに」どれくらい英語を使うかを5段階で評価してもらいました。教師には、その子どもが学校で教師や友達、他の大人たちとどれくらい英語やスペイン語を使っているかを尋ねました。

2020年には新型コロナウイルスのパンデミックが起こり、多くの学校が閉鎖されました。この研究でも、2020年度のデータはオンラインで収集されました。対面授業が再開された2021年度には、学校での評価が再び可能になりましたが、子どもたちの欠席や断続的なリモート学習など、学習環境の不安定さは続きました。

主な発見―家庭での英語使用が増える一方、学校では両言語を維持

研究から得られた結果は、いくつかの重要な発見を含んでいます。

まず、学年が上がるにつれて、子どもたちが家庭で使う英語の量が増えていることが明らかになりました。3年生は1年生よりも家で英語を多く使っていると報告していました。これは、アメリカという英語優位の社会で育つ子どもたちにとって、避けられない変化なのかもしれません。年齢が上がるにつれて、子どもたちは英語の能力が高まり、英語を使うことに快適さを感じるようになります。また、友達との交流や、メディア、学校での経験が、家庭でも英語を選択する理由になっていると考えられます。

一方で、学校での言語使用には学年による差が見られませんでした。1年生も3年生も、学校では英語とスペイン語の両方をほぼ同じくらい「よく」使っていると教師が報告しました。これは、DLIプログラムの大きな成果と言えるでしょう。通常、英語だけで教育を受ける環境では、子どもたちのスペイン語能力は年齢とともに停滞したり、場合によっては衰退したりすることが知られています。しかし、このDLIプログラムでは、子どもたちが学校で両方の言語を使い続けられる環境が維持されていました。

語彙力と読解力の関係―英語もスペイン語も英語の読み書きを支える

次に、研究チームは言語使用が語彙力にどう影響し、その語彙力が読解力にどう結びつくかを分析しました。

結果として、子どもたちの英語の語彙力は、家庭での英語使用、学校での英語使用、そして興味深いことに学校でのスペイン語使用によって予測されました。つまり、学校でスペイン語を多く使っている子どもほど、英語の語彙力も高かったのです。これは、母語であるスペイン語の使用が、第二言語である英語の発達を支えていることを示唆しています。スペイン語と英語は言語学的に類似点が多く(たとえば、多くの単語が似た形をしている「cognates」と呼ばれる単語があります)、一方の言語での概念理解がもう一方の言語での理解を助ける「言語間転移」が起きやすいのです。

一方、スペイン語の語彙力については、家庭での英語使用が増えるほど低くなるという、ある意味当然の結果が得られました。学校でのスペイン語使用や英語使用は、スペイン語の語彙力に有意な影響を与えていませんでした。

そして、英語の読解力(読み取り能力と文章理解の両方を含む総合的な指標)は、英語の語彙力とスペイン語の語彙力の両方によって予測されました。これは、読解力の発達において、第二言語(英語)の語彙だけでなく、母語(スペイン語)の語彙も重要な役割を果たしていることを示しています。

語彙力が「媒介」する役割―言語使用から読解力への道筋

研究で特に注目すべきなのは、語彙力が言語使用と読解力の間を「媒介」する役割を果たしているという発見です。統計的な分析手法(パス解析)を用いて、研究者たちは次のような経路を確認しました。

家庭で英語を多く使う子どもは、英語の語彙力が高く、その結果として英語の読解力も高い傾向がありました。つまり、家庭での英語使用→英語語彙力の向上→英語読解力の向上という道筋です。ただし同時に、家庭で英語を多く使う子どもはスペイン語の語彙力が低く、そのためスペイン語語彙を通じた読解力への貢献は減少するという、反対方向の影響もありました。これらの正と負の影響が相殺し合うため、家庭での英語使用が読解力に与える総合的な間接効果は統計的に有意ではありませんでした。

一方、学校でスペイン語を多く使う子どもは、英語の語彙力が高く、その結果として英語の読解力も高いという、明確な間接効果が確認されました。これは、母語を学校で活発に使うことが、第二言語での読み書き能力の発達を支えるという、「加算的バイリンガリズム」の考え方を裏付ける結果です。

研究の意義と限界―DLIプログラムの重要性と今後の課題

この研究は、いくつかの重要な意義を持っています。

第一に、これまでほとんど調査されていなかったDLIプログラムに在籍する子どもたちの言語発達について、貴重なデータを提供しています。多くの先行研究は、英語のみで教育を受ける環境の子どもたちを対象にしていましたが、この研究はバイリンガル教育の文脈での発達を明らかにしました。

第二に、言語使用、語彙力、読解力という三つの要素がどのように結びついているかを、初めて統合的に検討しました。これまで、言語使用と語彙力の関係、あるいは語彙力と読解力の関係は個別に研究されてきましたが、これらを一つのモデルとして検証したのは、この研究の独創的な貢献です。

第三に、母語(スペイン語)の使用が第二言語(英語)の読解力を支えるという「加算的」な役割を示したことは、教育政策上の重要な示唆を含んでいます。アメリカでは、英語学習者に対して「早く英語を身につけさせるべきだ」という圧力が強く、母語の維持が軽視されがちです。しかし、この研究は、学校で母語を使い続けることが、長期的には英語の読み書き能力の向上にもつながることを実証しました。

もちろん、この研究にはいくつかの限界もあります。研究者たち自身が認めているように、言語使用の測定が子どもや教師の自己報告に基づいている点は、客観性の面で課題があります。実際の会話を観察したり、より詳細な記録をとったりする方法もありますが、大規模な調査では実施が困難です。

また、この研究では家庭でのスペイン語使用を直接測定していません。子どもたちに「どれくらい英語を使うか」を尋ねることで、間接的にスペイン語の使用量を推測していますが、両方の言語について明示的にデータを集めることが理想的でしょう。

さらに、この研究は横断的なデザイン(1年生と3年生を同時に調べる)を採用しているため、学年による違いが見られても、それが本当に発達的な変化なのか、それとも世代間の違いなのかを区別することはできません。同じ子どもたちを数年間にわたって追跡する縦断研究が必要です。

パンデミックの影響も無視できません。2020年度のデータはオンラインで収集され、多くの子どもたちがリモート学習や欠席を経験しました。これらの要因が結果にどう影響したかは、完全には分析されていません。

日本の英語教育への示唆―母語を大切にすることの重要性

この研究は、アメリカのスペイン語・英語バイリンガルの子どもたちを対象にしていますが、日本の英語教育にもいくつかの重要な示唆を与えてくれます。

まず、第二言語の読解力を育てるには、語彙力の育成が極めて重要だという点です。日本の英語教育でも、単語の暗記は重視されていますが、単に単語帳を覚えるのではなく、実際の使用を通じて語彙を豊かにすることが大切です。この研究では、家庭や学校での言語使用が語彙力に直結していました。つまり、英語を「使う」機会を増やすことが、読解力向上の鍵になります。

次に、母語(日本語)の重要性を再認識する必要があります。この研究では、スペイン語の語彙力が英語の読解力を支えていることが示されました。日本でも、まず母語である日本語での豊かな言語能力を育てることが、英語学習の土台になります。幼い頃から英語漬けにするのではなく、日本語での思考力や表現力を十分に養うことが、長期的には英語の理解にもつながるのです。

また、バイリンガル教育プログラムの可能性も考えさせられます。日本では、英語イマージョン教育を採用する学校も増えてきていますが、その多くは英語「だけ」で教える傾向があります。しかし、この研究が示すように、両方の言語をバランスよく使える環境を整えることが、真のバイリンガル育成には不可欠です。

さらに、学年が上がるにつれて家庭で英語使用が増えたという発見は、言語の優位性が子どもの選択に影響することを示しています。日本でも、英語教育を強化すればするほど、子どもたちが日本語よりも英語を選ぶようになる可能性があります。家庭での言語環境をどう維持するかは、保護者や教育者が意識的に考えるべき課題です。

最後に―二つの言語を育てることの豊かさ

レジで二つの言語を自在に使い分けていたあの女の子のように、バイリンガルの子どもたちは日々、複雑な言語の世界を航海しています。HuangとChoiの研究は、その航海の地図を少しだけ明確にしてくれました。家庭でどの言語を使うか、学校でどの言語を学ぶか、そして子どもたちがどんな語彙を身につけるか―これらすべてが絡み合って、読み書きの能力が育っていきます。

この研究が教えてくれるのは、言語学習は単純な足し算ではないということです。一つの言語を学ぶことが、もう一つの言語を弱めるのではなく、むしろ支え合う関係にあります。母語を大切にしながら第二言語を学ぶこと、学校でも家庭でも両方の言語を使い続けること、そして何よりも語彙を豊かにすることが、子どもたちの読み書き能力を育てる鍵なのです。

二つの言語を話せることは、単に二倍の単語を知っているということではありません。それは、二つの文化、二つの視点、二つの思考方法を持つということです。この研究は、そうした豊かさを育てるために、教育者や保護者がどう支援できるかを考える出発点を提供してくれています。


Huang, B. H., & Choi, J.-Y. (2025). Exploring the relationships among language input-output, vocabulary knowledge, and English reading development of emergent bilinguals in dual language immersion programs. International Journal of Bilingual Education and Bilingualism. Advance online publication. https://doi.org/10.1080/13670050.2025.2546423

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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