はじめに―英語を読むことは楽しいのか

英語の教科書を開いたとき、多くの日本人学習者が感じるのは楽しさよりもむしろ義務感ではないでしょうか。文法を分析し、単語の意味を調べ、問題に答える。こうした従来型の英語学習は、まるで険しい山道を一歩ずつ登るような作業です。しかし、もし英語を読むこと自体が楽しい体験になったらどうでしょう。Zhejiang International Studies UniversityのJing Zhou准教授による本研究は、この問いに対して実証的な答えを提示しています。

Zhou氏は中国の大学で第二言語読解、中国語と英語の外国語教育、多読、研究方法論を専門とする研究者です。本論文”Enjoyment and challenges of advanced EFL learners in online extensive reading”は『Reading in a Foreign Language』誌2025年6月号に掲載されたもので、上級レベルの中国人英語学習者55名を対象に、18週間にわたるオンライン多読プログラムが学習者の「外国語学習の楽しさ」(Foreign Language Enjoyment、以下FLE)にどのような影響を与えるかを詳細に検証しています。

多読とは何か―量と楽しさを重視する学習アプローチ

多読(Extensive Reading)という学習法について、まず説明しておく必要があるでしょう。これはDay and Bamford(1998)によって体系化された外国語学習アプローチで、従来の精読(一つの文章を詳細に分析する方法)とは根本的に異なります。

たとえば、日本の高校で一般的に行われている英語の授業を思い浮かべてください。教科書の一つの段落を、一週間かけて単語を調べ、文法構造を分析し、日本語に訳していく。これが精読です。一方、多読では学習者が自分のレベルに合った読みやすい本を大量に読みます。一冊一冊を完璧に理解することよりも、全体的な理解と読書量を重視します。

Day and Bamfordは多読の10原則を提唱していますが、その第7原則が「読む目的は通常、楽しみ、情報、または一般的な理解に関連している」というものです。つまり、多読は学習者が喜びを感じながら読むことを前提としているのです。

研究の背景―なぜ上級学習者に注目したのか

Zhou氏が本研究で注目したのは、これまでの多読研究であまり取り上げられてこなかった「上級学習者」という集団です。Tabata-Sandom(2023)が指摘するように、多読研究の多くはアジアの学習者、大学生、そして初級・中級学習者を対象としてきました。上級学習者は相対的に研究が少ない集団なのです。

なぜ上級学習者が重要なのでしょうか。一つには、初級・中級学習者と上級学習者では、読書材料の選び方が異なる可能性があるからです。Arnold(2009)やTabata-Sandom(2023)の研究では、上級学習者はより難しい教材を意図的に選ぶ傾向が示されていますが、Zhou and Day(2021)では、上級レベルのEAP(学術英語)学習者が簡単な教材ばかりを選び続けるケースも報告されています。

また、Zhou氏は外国語学習における「楽しさ」(FLE)という感情的側面に焦点を当てました。これは第二言語習得研究において、ポジティブ心理学の影響を受けて近年注目されている概念です。Dewaele and MacIntyre(2014、2016)らによって確立されたFLEは、外国語を学ぶときに経験する広範なポジティブな感情を指します。

興味深いことに、FLEは動機付けの高さ、コミュニケーション意欲、学業成績の向上などと正の関連があることが分かっています。しかし、多読研究においてFLEが明示的に調査されることは少なく、読書態度や読書動機の一部として扱われてきました。Zhou氏はこのギャップに着目したのです。

研究方法―ReadTheoryを使った18週間の実践

本研究の参加者は、中国の公立大学の1年生55名です。英語専攻が42名、英語通訳専攻が13名で、平均年齢は18.98歳、女性が80.8%を占めていました。

ここで注目すべきは、この学習者たちがどのようにして「上級レベル」と判定されたかです。Zhou氏は二つの基準を用いています。第一に、参加者の平均語彙サイズは7,200語族(標準偏差1,246、最小5,000、最大10,000)でした。Uden et al.(2014)が4,700〜6,000語族を中上級、Tabata-Sandomが7,081語族を上級と分類していることから、この数値は上級レベルに相当します。第二に、参加者は全員外国語大学の英語専攻学生で、大学入試(高考)の英語科目の平均点は150点満点中127点(標準偏差4.4)でした。

研究の舞台となったのは「総合英語(II)」という授業です。この授業は週2回、各回80分(40分×2)行われ、多読はこの授業の一部として組み込まれました。重要なのは、多読が授業の付け足しではなく、成績評価の7.5%を占める正式な構成要素だったことです。これはHabib and Watkins(2023)が主張する「多読を正当化する唯一の方法は、カリキュラムに組み込むこと」という原則に合致しています。

オンライン多読プラットフォームとして採用されたのはReadTheoryです。これは無料で利用できる教育プラットフォームで、学習者の習熟度に応じて自動的に教材の難易度を調整する機能を持っています。学習者は最初にプレテストを受け、その結果に基づいて適切なレベルの読解問題が提供されます。クイズの正答率が80%以上なら次回はより難しい教材が、60%以下なら易しい教材が提供される仕組みです。

学習者は毎週ReadTheoryで読書とクイズに取り組み、2週間ごとに読書報告を提出しました。さらに、語彙活動、文法探偵、図画作成、代替エンディング作成など、9種類の多読活動を行い、それをクラスメートと共有しました。

データ収集は三つの方法で行われました。第一に、背景情報質問紙とFLEを測定する短縮版質問紙(S-FLE)を学期の初めと終わりに実施しました。S-FLEはBotes et al.(2021)が開発したもので、本研究では高い内的整合性(クロンバックのα係数は事前が0.912、事後が0.917)を示しました。第二に、2週間ごとの読書報告では、読書時間、読んだ文章数、学んだ内容、教材の楽しさ(5段階評価)、教材の難易度(5段階評価)を記録しました。第三に、学期末に詳細な振り返り(11の自由記述質問)を収集しました。

主要な発見1―多読はFLEを高める

分析の結果、学期開始時のFLE平均値は4.62(標準偏差0.47)、学期末は4.73(標準偏差0.43)でした。一般線形モデルの反復測定分散分析を行ったところ、統計的に有意な差が認められました(F(1,51)=4.35、p=0.04)。効果量(η²=0.079、Cohen’s d≈0.293)は小〜中程度でした。

これはどういう意味でしょうか。簡単に言えば、18週間の多読プログラムを通じて、学習者は英語学習をより楽しいと感じるようになったのです。これは単なる偶然ではなく、統計的に確かな変化です。

なぜ多読がFLEを高めるのでしょうか。Zhou氏はFredrickson(2001)の「拡張-形成理論」を引用して説明しています。この理論によれば、ポジティブな感情は学習者の認知的レパートリーを広げ、持続的な知的資源を構築します。つまり、楽しい経験が学習能力を向上させ、それがさらに楽しさを生むという好循環が生まれるのです。

また、Zhou氏は複数の要因がFLE向上に寄与したと分析しています。第一に、定期的にオンラインで読んでクイズに答えることで、学習者は「できる」という感覚(mastery)を得ました。Koné(2023)も同様の指摘をしています。第二に、多読活動をクラスメートと共有することで、ポジティブな仲間との交流が生まれました。これはJiang and Dewaele(2019)が示したように、FLEを高める重要な要因です。第三に、1学期間の継続的な読書により、語彙知識、文法知識、読解速度、読解力が向上した可能性があります。実際、参加者は知らない単語を辞書で調べてノートに書き留め、文章を再読し、長く複雑な文を分析していました。こうした明示的・暗示的学習行動が言語能力を向上させ、読書を容易にしたのです。

主要な発見2―楽しさと難易度の微妙な関係

第二の重要な発見は、読書の楽しさと教材の難易度の関係です。参加者は平均して2週間に約66分(標準偏差38分)読書し、5.4文章(標準偏差3.44)を読みました。読書時間や文章数には個人差が大きく、たとえば第1〜2週では10分しか読まなかった学習者がいる一方、230分読んだ学習者もいました。

読書の楽しさレベルは平均3.91(標準偏差0.717)で、5段階評価の「同意」に近い値でした。最も低かったのは第11〜12週の3.75、最も高かったのは第17〜18週の4.06でした。

教材の難易度については、平均3.121(標準偏差0.652)で、「適切」を意味する3にほぼ等しい値でした。興味深いのは、時間経過に伴う変化です。学期初期(第1〜4週)には、一部の学習者が教材を「非常に難しい」(1)と評価していました。学期中盤(第5〜12週)には「非常に難しい」と答える学習者はいなくなりましたが、「難しい」(2)と答える学習者は残っていました。学期末(第13〜18週)になると、「難しい」または「非常に難しい」と答える学習者は一人もいなくなりました。これは、読書を続けることで読解能力が向上し、教材が相対的に容易になったことを示唆しています。

ピアソン相関分析の結果、読書の楽しさと教材の難易度は弱いながらも統計的に有意な負の相関(r=-0.149、p=0.036)を示しました。つまり、教材が難しいと感じるほど、楽しさは減少する傾向があるのです。

これはDay and Bamford(1998、2002)の多読原則1「読書教材は易しい」を支持する結果です。特に低い言語能力の学習者にとって、興味深く自分のレベルに合った教材を読むことで、読書を楽しみ、もっと読みたいと思うようになります。

しかし、Zhou氏はこの原則を拡張しています。本研究の上級学習者にとって、教材は「適切なレベル」(平均3.121)でした。易しすぎず、難しすぎず、ちょうど良い難易度だったのです。そして、そのような適切なレベルの教材を読むとき、学習者は楽しさを感じていました(平均3.91)。

これは教育現場に重要な示唆を与えます。一部の上級学習者は常に簡単な教材を選び続ける傾向があることがZhou and Day(2021)で報告されていますが、本研究は、上級学習者もレベルに合った適切な教材を読むことで楽しさを感じることを示しています。多読オリエンテーションでこの点を強調し、上級学習者に常に簡単な教材を選ぶのではなく、レベルに合った教材を選ぶよう促すことが重要です。

同時に、これはDay and Bamford(1998)が「はしご」と呼んだ概念とも関連します。多読教材は学習者を「誘う餌」であると同時に、段階的に上達するための「はしご」でもあります。学習者の能力が向上すれば、それに応じてより挑戦的な教材に進むべきなのです。

主要な発見3―困難と戦略、そして成長

第三の重要な発見は、学習者が直面した困難とそれに対処するために採用した戦略に関するものです。学期末の振り返り(53名の回答)を質的に分析した結果、困難は主に4つのカテゴリーに分類されました―(a)読書教材に関するもの、(b)時間、(c)動機付けの原動力、(d)クイズです。

読書教材に関する困難は、さらに細分化されます。第一に、ジャンルの問題です。ReadTheoryの教材は小説、ノンフィクション、歴史、伝記、科学、社会科学、説明文、論証文など多様ですが、特に科学記事が困難だと感じられていました。ある参加者は「科学技術の記事がまったく理解できない」(P13)と述べ、別の参加者は「科学知識や専門用語を含む科学記事や論証文は、理解できない知識や新しい単語があるため、少し難しい」(P20)と説明しています。

これに対して、学習者は主に2つの戦略を採用しました。一つは再読です。「記事の意味をよりスムーズに理解するために何度か読む」(P20)、「2〜3回再読する」(P32)といった報告がありました。もう一つは母語への翻訳です。「理解できないときは、翻訳してから再解釈する」(P49)という戦略です。

第二に、未知の語彙や専門用語が課題でした。53の回答中30回(58%)が語彙を最大の困難として挙げています。しかし、学習者は積極的かつ多様な戦略で対処していました。辞書を引く(P1「繰り返し出現しトピックに関連する新しい単語を調べる」、P16「読み終わったらすぐに単語を調べる」、P22「オックスフォード辞典で調べて例文を読む」)、文脈から推測する(P25「単語の馴染みのある部分を探して意味を推測する」)、頻度に基づいて選別する(COCAやVocabulary.comで単語の頻度を調べ、専門的すぎるまたは古風な単語は無視する)、そして統合的アプローチ(P41「読解に影響しなければスキップし、全体的な読書感覚を維持する。影響する場合はすぐに辞書で確認する」)などです。

第三に、説明文や論証文における長く複雑な文構造も困難でした(P18「複雑な長い難しい文構造は分析が難しい」、P24「長い難しい文をどう分析すればいいか分からない」)。これに対しては、長文を短い構成要素に分割する、主節と従属節を特定する、主節のSVOを探す、翻訳ツールを使うなどの戦略が報告されました。

時間に関する困難も顕著でした。「時間がないためしばしば読書を諦める」(P23)、「多読をする必要があることを忘れることがある」(P9)といった報告がありました。これに対して、学習者は自主的に調整を行いました。P23は「学習計画を調整し、固定の読書時間を設定する。朝の自由時間、昼休み、夜の余暇など、細切れの時間を活用して読み、継続性と規則性を保つ」と述べています。P9は「次回の読書で数本多く読んで補う」という補償戦略を採用しました。

動機付けの原動力の欠如も課題でした。しかし、P23の対処法は教育的に示唆に富んでいます。この学習者は「読書から動機と喜びを見つけようとする。技術の発展、文化史など、興味のあるトピックや分野を選んで読書をより面白く魅力的にする。さらに、具体的な読書目標と報酬メカニズムを設定して、読書を続けるよう自分を動機付ける」と述べています。

クイズに関しては、記事は理解できても正解を選べない(P8)、複数の選択肢が正しく思える(P24「複数の選択肢が正しいと感じ、どれが正解か決められない。原文に戻って正解を探す必要がある。間違えたら分析を読むが、それでも納得できない問題がいくつかある」)といった困難が報告されました。

特筆すべきは、多くの学習者が複数の困難に直面しながらも、自律的に問題を克服しようとしていたことです。P52の振り返りはその典型です―「予想以上に難しい読書教材があった。専門分野の記事や難解な文学作品には、私にとって非常に馴染みのない語彙や文構造が含まれている。この状況に直面して、まず精神的に準備し、困難のために簡単に諦めないことにした。次に、文脈から新しい単語の意味を推測したり、新しい単語の意味を調べたりする。複雑な文構造については、段階的に分解して、各部分の役割と関係を理解しようとする。読書速度が遅くなることもある。多くの新しい単語や複雑な文に遭遇すると、理解に時間がかかり、読書速度が遅くなる。スキミングやスキャニングなどの速読技術を使って読書速度を上げようとしている」。

これらの戦略は、Suk(2024)が韓国人EFL学習者を対象に特定した10の多読戦略(再読、未知語の推測、スキップ、視覚化、理解の確認と監視、辞書・翻訳ツールの使用、L1への翻訳、読書速度の調整、注意深い本の選択、予測)と多くの点で一致しています。

さらに重要なのは、学習者の戦略使用が時間とともに進化したことです。学期が進むにつれて教材の難易度認識が低下したという事実は、読解スキルが向上し、より複雑なテキストをより少ない労力で処理できるようになったことを示唆しています。これは反復練習がメタ認知的洗練を促進するという考えと一致します。

研究の強みと課題

本研究の強みは複数あります。第一に、18週間という長期間にわたる縦断的データ収集です。多くの多読研究が短期間の介入を扱うのに対し、本研究は1学期全体を通じて変化を追跡しました。第二に、量的データ(FLE質問紙、隔週の読書報告)と質的データ(最終振り返り)を組み合わせた混合研究法を採用し、現象の多面的な理解を可能にしています。第三に、FLEという感情的側面に焦点を当てたことで、多読研究の新しい方向性を示しました。第四に、ReadTheoryのような適応型オンラインプラットフォームの使用は、個別化された学習経験を提供する現代的アプローチを反映しています。

一方、いくつかの限界も認められます。Zhou氏自身が認めているように、本研究は上級学習者のみを対象としているため、他の習熟度レベルの学習者に結果を一般化することには慎重であるべきです。また、参加者は2つのクラスから募集されており、サンプルサイズが限定的です(55名、うち3名は分析から除外)。さらに、統制群がないため、FLE の向上が多読のみによるものか、他の要因(例えば、授業の他の要素、時間の経過による自然な適応)が寄与しているかを完全に特定することは困難です。

ReadTheoryの使用も両面性があります。適応型アルゴリズムは個別化を促進しますが、教材のジャンルや内容の多様性が限定される可能性があります。実際、学習者は科学記事に特に困難を感じていましたが、これはReadTheoryの教材構成に起因する可能性もあります。

また、隔週の読書報告における楽しさと難易度の評価は自己報告に基づいており、社会的望ましさバイアス(教師が期待する答えをする傾向)の影響を受けた可能性があります。質的データの分析プロセスについても、信頼性を高めるために複数の評価者によるコーディングやメンバーチェック(参加者による確認)が含まれていれば、さらに堅牢だったでしょう。

日本の英語教育への示唆

本研究の知見は、日本の英語教育現場にいくつかの重要な示唆を与えます。

第一に、多読をカリキュラムに正式に組み込むことの重要性です。Zhou氏の研究では、多読は総合英語コースの評価の7.5%を占めていました。日本の高校や大学でも、多読を「やってもやらなくてもいい活動」ではなく、成績評価に含まれる正式な学習活動として位置づけることで、学習者の取り組みを促進できるでしょう。

第二に、オンラインプラットフォームの活用です。ReadTheoryのような適応型システムは、教師の負担を軽減しながら個別化された学習を提供します。日本でも、Xreadingなどのプラットフォームが普及していますが、さらなる活用が期待されます。特に、学習者一人ひとりのレベルに自動的に合わせる機能は、多人数クラスで個別指導が難しい日本の教育環境において有用です。

第三に、多読活動の多様化です。本研究では、語彙学習、文法探偵、図画作成、代替エンディングなど、9種類の活動が2週間ごとに実施されました。こうした活動は、読書を単なる個人的な活動ではなく、社会的な学習経験に変えます。日本の教室でも、読書後の活動を工夫することで、仲間との交流を促進し、FLEを高めることができるでしょう。

第四に、上級学習者への配慮です。日本の大学では、英語専攻の学生や帰国子女など、高い英語力を持つ学習者も少なくありません。こうした学習者に対して、「簡単な本を読めば楽しめる」という単純なアドバイスは必ずしも適切ではありません。本研究が示すように、上級学習者はレベルに合った適切な難易度の教材から楽しさと満足感を得ます。教師は、上級学習者に対して、自分の能力に挑戦する適切なレベルの教材を選ぶよう促す必要があります。

第五に、困難への対処を教えることの重要性です。本研究の学習者は、専門用語、複雑な文構造、時間管理など、様々な困難に直面しましたが、再読、辞書使用、翻訳、文脈推測、時間管理技術など、多様な戦略を自主的に開発しました。日本の教室でも、多読オリエンテーションの際に、こうした戦略を明示的に教えることが有効でしょう。また、定期的な振り返りの機会を設け、学習者が自分の困難と戦略を意識化し、仲間と共有することも推奨されます。

第六に、ジャンルの多様性と専門性への対応です。本研究では、科学記事が特に困難とされました。日本の大学では、特に理工系や医学系の学生が英語で専門文献を読む必要があります。多読プログラムに、段階的に専門性の高い教材を含めることで、アカデミックな読解への橋渡しができる可能性があります。ただし、その際には適切な足場かけ(scaffolding)が必要です。

第七に、感情的側面への注目です。日本の英語教育では、しばしば認知的側面(語彙、文法、読解スキル)が重視され、感情的側面が軽視されがちです。しかし、本研究が示すように、FLEは言語学習において重要な役割を果たします。楽しさを感じる学習者は、より積極的に学習に取り組み、継続する可能性が高くなります。教師は、学習者が楽しいと感じる活動や教材を提供することの価値を認識すべきでしょう。

おわりに―小さな一歩が大きな変化を生む

Zhou氏の研究は、18週間という限られた期間でも、適切に設計された多読プログラムが学習者のFLEを有意に向上させることを示しました。効果量は小〜中程度でしたが、これを「小さな変化」と軽視すべきではありません。

教育における変化は、しばしば小さな一歩の積み重ねです。一人の学習者が英語を読むことを少し楽しいと感じるようになり、その楽しさが読書を続ける動機となり、読書を続けることで能力が向上し、能力が向上することでさらに楽しくなる。この好循環が、長期的には大きな差を生み出します。

本研究は、中国の上級EFL学習者を対象としていますが、その知見は文化や言語の境界を越えて適用可能です。日本の英語教育においても、多読を正式なカリキュラムに組み込み、適切なレベルの教材を提供し、学習者の感情的経験を重視し、困難への対処を支援することで、学習者が英語学習を楽しいと感じる環境を作ることができるでしょう。

英語を読むことは、険しい山道を登る苦行である必要はありません。適切な支援と環境があれば、それは楽しい散歩、あるいは発見に満ちた冒険になり得るのです。Zhou氏の研究は、その可能性を実証的に示しています。


Zhou, J. (2025). Enjoyment and challenges of advanced EFL learners in online extensive reading. Reading in a Foreign Language, 37(2), 85–108. https://hdl.handle.net/10125/67499

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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