筆者と研究の背景

この論文”Task-based instruction impact on reading and writing outcomes of EFL Saudi university students”の著者であるAbubaker Suleiman Abdelmajid Yousifは、サウジアラビアのPrince Sattam bin Abdulaziz大学の人文科学部英語学科に所属する研究者です。サウジアラビアでは近年、英語教育の重要性が高まっており、特に大学レベルでの英語の読み書き能力の向上が喫緊の課題となっています。この研究は、同大学のプロジェクト(PSAU/2025/R/1446)として資金援助を受けており、実践的な教育改善を目指した取り組みといえます。

サウジアラビアの大学生にとって、英語は外国語であり、アラビア語という母語とは大きく異なる言語体系を持つ英語の習得には独特の困難が伴います。特に書くことと読むことは、話すことや聞くこととは異なる認知的負担を要求するため、多くの学生が苦戦しているのが現状です。

タスク型指導とは何か―料理のレシピに例えて

タスクベース指導(Task-Based Instruction、以下TBI)について、説明しましょう。従来の語学教育は、文法規則を教えてから練習問題をさせ、最後に実際の場面で使わせるという流れでした。これは、まず包丁の持ち方を教え、野菜の切り方を練習させ、それから料理を作らせるようなものです。

一方、TBIは「まず料理を作ってみよう」というアプローチです。カレーを作りたければ、実際にカレーを作る過程で、野菜の切り方や調味料の入れ方を学んでいきます。つまり、実際に意味のある課題(タスク)に取り組む中で、必要な言語スキルを自然に身につけていくという方法なのです。

本研究では、学生たちに様々な読み書きのタスクを課しました。たとえば、マッチング、分類、比較、パズル解決、経験の共有、創造的な課題などです。これらはすべて、ただ文法を暗記するのではなく、英語を実際に「使う」ことを重視した活動です。

研究の方法―50人の学生との対話

この研究は質的アプローチを採用しています。つまり、数字やデータだけではなく、学生たちの生の声や経験を丁寧に拾い上げようとする姿勢が特徴的です。対象となったのは、18歳から21歳までの50名の1年生で、全員が高校を卒業したばかりの学生たちです。

研究者は、フィードバックフォームとインタビューという二つの方法でデータを集めました。学生たちはタスクを完了するたびに、その活動がどうだったか、何を学んだか、どんな困難があったかをフォームに記入しました。さらに、そのうち15名は直接インタビューを受け、より詳しく自分の経験を語りました。

このアプローチには好感が持てます。教育研究では、テストの点数だけを見て「効果があった」と結論づけることが多いのですが、本研究は学生たちの主観的な経験を重視しています。これは、言語学習が単なる知識の獲得ではなく、学習者の動機づけや感情と深く結びついているという認識があるからでしょう。

研究結果―数字の裏にある学生たちの変化

研究の結果、34名の学生(68%)がタスク型の活動に対して肯定的なフィードバックを寄せました。また、39名(78%)がこれらの活動を楽しく生産的だと評価しています。これらの数字は、TBIが多くの学生に受け入れられたことを示しています。

しかし、ここで注目すべきは残りの32%と22%の学生たちです。16名の学生は否定的なフィードバックを寄せ、11名は活動が単調だと感じました。研究者は、この否定的な反応の理由も丁寧に分析しています。たとえば、絵を描くことが求められるタスクに11名(22%)が困難を感じました。また、13名(26%)は自信のなさが参加の妨げになったと報告しています。

このような正直な報告は、研究の信頼性を高めます。すべての学生が喜んだというような、あまりにも都合の良い結果ではなく、実際の教育現場で起こりうる多様な反応が記録されているのです。

ある学生はインタビューで、「フィードバックフォームを毎回書くのが負担だった」と述べています。これは重要な指摘です。教育研究では、研究のためのデータ収集が、かえって学習の妨げになることがあります。研究者自身もこの点を認識しており、授業時間の長さについても学生から不満が出たことを記録しています。

実践から見えてきたもの―言葉を使って学ぶということ

インタビューデータの分析から、興味深い発見がいくつかありました。学生たちは、タスクを通じて英語を学ぶだけでなく、英語を「使って」学んでいました。たとえば、読んだテキストをロールプレイに変えたり、レシピを読んで実際に料理を作ったりする学生がいました。

これは、言語学習において非常に重要なポイントです。私たちは日常生活で、言語を「使う」ことで言語を身につけます。子どもが母語を習得する過程を考えてみてください。文法書を読んで学ぶのではなく、親や周りの人とのやりとりの中で、自然に言葉を覚えていきます。TBIは、この自然な学習プロセスを外国語教育に取り入れようとする試みなのです。

また、学生たちは単語リストを作成することで、自分の弱点を補おうとしました。これは、TBIが学習者の自律性を促進することを示しています。教師に言われたからではなく、タスクを達成するために自分で必要だと感じたから単語を調べる―この主体的な学習姿勢こそが、長期的な言語能力の向上につながります。

ライティング能力の変化―74%の学生が実感した成長

ライティングに関しては、74%の学生が改善を実感したと報告しています。具体的には、主題の明確さ、文章構成、節の構造、流暢さ、論理性などの面で進歩が見られました。さらに、実験グループの学生のうち82%が、より多様な語彙を使い、複雑な文構造を用いるようになったとされています。

これは注目に値する結果です。ライティングは、多くの外国語学習者にとって最も困難なスキルの一つです。話すときには、身振りや表情、声の調子などで意味を補うことができますが、書くときにはそれができません。文字だけで、正確に、論理的に、自分の考えを伝えなければなりません。

研究者は、Jane Willisモデルに基づいたTBIの枠組みを採用したと述べています。このモデルは、タスク前の準備、タスクの実行、タスク後の言語分析という三段階のサイクルを重視します。学生たちは、このサイクルを繰り返すことで、徐々にライティング能力を向上させていったのでしょう。

研究の限界と課題―見過ごせない問題点

しかし、この研究にはいくつかの限界があります。まず、研究デザインについてです。論文では「質的研究」と述べられていますが、実際には量的なデータ(パーセンテージ)も多用されています。また、「実験グループ」と「計画グループ」という表現が出てきますが、これらがどのように設定されたのか、明確な説明がありません。

サンプル選択についても疑問があります。研究者は「無作為に選ばれた」と述べていますが、具体的な選択プロセスが示されていません。また、50名という参加者数は、統計的な分析を行うには妥当な数ですが、質的研究としては多すぎる可能性があります。深いインタビューを行ったのは15名だけで、残りの35名については表面的なフィードバックしか得られていないように見えます。

さらに、研究の期間が明記されていません。TBIの効果を測定するには、どれくらいの期間、週に何回、どれくらいの時間をかけて実施したのかという情報が不可欠です。短期間の介入では、本当の言語能力の向上を測ることは難しいからです。

また、比較対照群の設定が不明確です。TBIを受けた学生たちの変化は示されていますが、従来の方法で学んだ学生と比較してどうだったのか、という点が曖昧です。研究の結果として示されている改善が、TBIによるものなのか、それとも単に時間の経過や練習量の増加によるものなのか、判断が難しい部分があります。

データ収集の妥当性―研究者の立場による影響

もう一つ気になるのは、研究者自身が教師でもあるという点です。論文からは明確ではありませんが、著者が実際にこの授業を教えていた可能性があります。もしそうであれば、学生たちは本音を言いにくかったかもしれません。教師に対して否定的なフィードバックをするのは、どの文化圏の学生にとっても勇気のいることです。

特にサウジアラビアのような、権威を尊重する文化的背景を持つ社会では、この傾向が強い可能性があります。32%の学生が否定的なフィードバックを寄せたことは評価できますが、実際にはもっと多くの学生が困難を感じていたかもしれません。

また、フィードバックフォームの内容が示されていないのも残念です。どのような質問がなされ、学生たちがどのように答えたのか、具体的な例があれば、研究の透明性が高まったでしょう。

理論的枠組みの検討―先行研究との対話

論文の文献レビューは包括的で、多くの先行研究を引用しています。しかし、それらの研究がどのように本研究の理論的基盤を支えているのか、もう少し明確に示されていれば良かったと思います。

たとえば、Long and Crookes (1991)、Ellis (1999, 2003)、Willis (1996)、Skehan (1998)などの古典的なTBI研究が引用されていますが、これらの研究で提唱された理論が、サウジアラビアという特定の文化的・教育的文脈でどのように適用されるのか、という議論が不足しています。

欧米で発展したTBIの理論を、そのまま中東の教育現場に適用することには、慎重さが必要です。教室文化、教師と学生の関係性、学習に対する態度など、多くの要素が異なる可能性があるからです。

一方で、著者はいくつかの中東やアジアの研究(Mugableh and Mohammad 2019、Madera and Lopez-Pinzon 2019など)も引用しており、地域的な文脈を意識していることがうかがえます。しかし、これらの研究結果と本研究の結果を比較検討する記述があれば、より説得力が増したでしょう。

実践的な価値―現場の教師への示唆

批判的な点を述べてきましたが、この研究には実践的な価値があります。特に、TBIの具体的な活動例(マッチング、分類、比較、パズル、経験共有など)が示されている点は、現場の教師にとって参考になります。

また、学生の困難点も具体的に記録されています。絵を描くタスクが苦手な学生がいたこと、自信のなさが参加を妨げたこと、単語リストの暗記が無意味に感じられたことなど、これらの情報は、TBIを実施する際の注意点として貴重です。

研究者が提案している点―タスクの複雑さと学生の能力のバランス、教室管理の重要性、タスクを魅力的で目的のあるものにする必要性―は、どの教育現場でも考慮すべき基本的な原則です。

日本の英語教育現場への示唆

この研究は、日本の英語教育にもいくつかの示唆を与えます。日本の大学生も、サウジアラビアの学生と同様に、英語の読み書きに苦労していることが多いからです。

まず、TBIの有効性についてです。日本でも、コミュニカティブな英語教育の重要性は長年認識されてきましたが、実際の授業では依然として文法訳読式が主流の場合があります。この研究は、実際に「使う」ことを通じて学ぶアプローチの有効性を示しており、日本の教育現場でももっとタスク型の活動を取り入れる価値があることを示唆しています。

ただし、日本の教育現場には独自の課題があります。たとえば、大規模クラスでTBIを実施する困難さ、大学入試に向けた文法・語彙の詰め込み学習との両立、教師のTBI実施能力の育成などです。この研究で報告されている困難点―学生の自信のなさ、タスクの負担感、個人差への対応―は、日本でも同様に起こりうる問題でしょう。

また、文化的な要因も考慮する必要があります。日本の学生は、サウジアラビアの学生と同様に、教師の権威を尊重する傾向があります。そのため、学習者中心のTBIを導入する際には、学生が安心して発言できる環境づくりが特に重要になります。

研究の意義―小さな一歩の価値

全体として見れば、この研究は完璧ではありませんが、意義のある貢献をしています。サウジアラビアという特定の文脈で、TBIが実際にどのように機能するかを示した点は評価できます。英語教育研究の多くが欧米や東アジアに集中している中で、中東からの報告は貴重です。

また、学生の声を丁寧に拾い上げようとする姿勢も好感が持てます。教育研究は、往々にして教師や研究者の視点に偏りがちですが、この研究は学習者の経験を中心に据えています。

ただ、今後の研究では、より厳密な研究デザインが求められます。たとえば、統制群を設けた比較研究、より長期的な追跡調査、より詳細な質的データの収集などです。また、なぜTBIが効果的なのか、そのメカニズムについても、より深い理論的考察が必要でしょう。

教育研究の難しさ―理想と現実の間で

この論文を読んで感じるのは、教育研究の難しさです。教育は、実験室で行われる実験とは違います。学生一人ひとりが異なる背景、能力、動機を持ち、教室という複雑な社会的空間で学んでいます。そのような環境で「効果」を測定し、「証拠」を示すことは、簡単ではありません。

研究者は、限られたリソース(時間、資金、人員)の中で、できる限りのことをしようとしています。完全にコントロールされた実験デザインは理想的ですが、実際の教育現場ではそれが難しい場合が多いのです。

その意味で、この研究は、理想と現実の間でバランスを取ろうとする誠実な試みといえます。完璧ではありませんが、現場の教師が実際に直面している課題に向き合い、学生の学びを改善しようとする努力が感じられます。

最後に―継続的な改善への期待

研究の最後で、著者は今後の研究の方向性についていくつか提案しています。TBIの長期的な効果の検証、テクノロジーの活用、異なる文化的・教育的文脈での比較研究などです。これらは妥当な提案であり、ぜひ実現してほしいと思います。

特に、テクノロジーの活用は興味深いテーマです。現代の学生たちはデジタルネイティブであり、オンラインでのコミュニケーションに慣れています。TBIとテクノロジーを組み合わせることで、より魅力的で効果的な学習体験を提供できる可能性があります。

また、教師教育の視点も重要です。TBIを効果的に実施するには、教師自身がその理論と実践を深く理解している必要があります。教師向けのトレーニングプログラムの開発や、教師間の実践共有のプラットフォームの構築なども、今後の課題として考えられます。

この研究は、サウジアラビアの一大学での実践報告ですが、そこから得られる教訓は、世界中の英語教育に携わる人々にとって価値があります。言語教育は、どの国でも、どの文化でも、試行錯誤の連続です。この研究のように、実践を記録し、分析し、共有することで、私たちは少しずつ前に進んでいけるのです。

完璧な研究など存在しません。大切なのは、批判的に読みながらも、そこから学べることを見出し、自分の文脈に適用していくことです。この研究は、その出発点として十分な価値を持っていると言えるでしょう。


Yousif, A. S. A. (2025). Task-based instruction impact on reading and writing outcomes of EFL Saudi university students. World Journal of English Language, 15(6), 58–66. https://doi.org/10.5430/wjel.v15n6p58

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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