研究の舞台と筆者たち

この論文は、エチオピアの首都アディスアベバにあるDerartu Tulu中等学校で行われた実験的な英語教育の試みを報告したものです。筆者のYohannes Joressa WordofaはMettu Universityの英語言語文学科に所属し、共著者のMulu Geta GenchaとAregay Meressa HadguはHawassa Universityで教鞭をとっています。彼らは、エチオピアの教育現場が抱える深刻な問題―特に英語の読解力の低さ―に取り組もうとしました。

世界銀行の報告によれば、サハラ以南のアフリカでは小学校を卒業する時点で、10人中わずか4人しか適切な読解力を持っていないといいます。簡単な物語さえ理解できない子どもたちが多数いるという状況です。これは単なる技能の問題ではなく、子どもたちの「自分は読めるのだ」という自信、つまり自己効力感の欠如とも深く結びついています。

自己効力感とは何か

専門用語である「自己効力感」について、まず説明しましょう。これは心理学者のBandura (1997)が提唱した概念で、「自分にはこの課題をやり遂げる力がある」と信じる気持ちのことです。

料理に例えてみましょう。初めてオムレツを作ろうとしましょう。レシピを読んで材料を揃えても、「本当に自分にできるだろうか」と不安になるかもしれません。しかし、何度か作ってうまくいく経験を積むと、「私はオムレツが作れる」という自信が生まれます。友人が上手に作っているのを見たり(観察学習)、家族から「前回よりふわふわだね」と褒められたり(社会的フィードバック)、キッチンに立つと緊張していた気持ちがワクワクに変わったり(感情の変化)することで、さらに自信は強まっていきます。

読書の自己効力感も同じです。「自分は英語の文章が読める」と信じられる生徒は、難しい文章に出会っても諦めずに取り組みます。逆に「どうせ私には無理だ」と思っている生徒は、簡単な文章でも避けようとしてしまうのです。

タスクベース指導―実生活に近い学び方

この研究で採用されたタスクベース指導(TBI)とは、実際のコミュニケーション場面を想定した「課題」を通して言語を学ぶ方法です。従来の教え方では、先生が文法規則を説明し、生徒がそれを覚えて練習問題を解くという流れが一般的でした。しかしTBIでは、「友人に都市生活についてアドバイスする手紙を書く」といった現実的な課題に取り組みながら、自然な形で言語能力を伸ばしていきます。

研究者たちはWillis (1996)が提案した3段階のモデルに従いました。第一段階の「準備段階」では、これから読む文章のテーマについて話し合ったり、関連する語彙を学んだりします。たとえば「都市での生活」という単元なら、生徒たちは都市と田舎の写真を見比べ、エチオピアの文脈でそれぞれの利点と欠点を議論しました。

第二段階の「課題実行段階」が最も重要です。生徒たちは少人数のグループで文章を読み、都市生活の長所と短所を見つけ出し、議論用のシートに記入していきます。さらに、都市に初めて引っ越す友人へのアドバイスメッセージを考えるといった実践的な活動も行いました。先生は教室を回りながら必要に応じてサポートしますが、答えを直接教えることはしません。

第三段階の「振り返り段階」では、各グループが発見したことを発表し合い、クラス全体で議論します。先生は「この読解課題で何が簡単でしたか、何が難しかったですか」「パートナーと一緒に読むことは理解の助けになりましたか」といった質問を投げかけ、生徒たちに自分の学習プロセスを意識させます。

実験の実際―88人の9年生との5週間

実験は2024年度第1学期に行われました。9年生の7クラスから、くじ引きで選ばれた88名の生徒が参加しました(男子49名、女子39名、年齢は15歳から20歳)。彼らは実験群と統制群にそれぞれ44名ずつ分けられました。

実験群はTBIで読解を学び、統制群は従来型の指導を受けました。従来型とは、先生が文章を配り、生徒が一人で黙読し、教科書の理解度チェック問題(選択式や正誤問題など)に答えるという、多くの人が経験したことのある方法です。

5週間にわたり、両グループとも週2回、各45分の授業を受けました。同じ先生が両方のクラスを担当することで、先生による違いが結果に影響しないよう配慮されました。ただし、この先生は実験を始める前に、研究者たちから3日間の集中トレーニングを受け、TBIの原理と実践方法を学んでいます。

測定には、Melnick et al. (2009)が開発した「読者自己認識尺度」という質問紙を使いました。この尺度は26項目からなり、5段階評価(「強く同意する」から「強く同意しない」まで)で答えます。項目は5つのカテゴリーに分かれています―自分の進歩の実感、クラスメートとの比較、先生や家族からのフィードバック、読書中の心理状態、そして総合的な読解自己効力感です。

質問紙はアムハラ語(エチオピアの公用語)に翻訳され、生徒たちが母語で正確に自分の気持ちを表現できるようにしました。これは重要な配慮です。外国語で自分の感情を表現するのは、母語で表現するよりずっと難しいものです。

数字が語る変化―統計分析の結果

実験前の調査では、両グループの間に有意な差はありませんでした。つまり、スタート地点は同じだったのです。しかし5週間後、明確な違いが現れました。

進歩の実感という項目では、実験群の平均点が24.84点から28.00点へと上昇しました。一方、統制群は25.18点から25.57点へとわずかな変化にとどまりました。統計的な検定(共分散分析)の結果、この差は偶然とは考えにくい、意味のある違いだと判定されました。

観察比較の項目でも同様の傾向が見られました。実験群は17.77点から20.05点へ、統制群は18.00点から18.34点へという結果です。つまり、TBIで学んだ生徒たちは、クラスメートと比べて自分の読解力が向上していると感じるようになったのです。

総合的な読解自己効力感では、実験群が76.18点から83.75点へと大きく伸びたのに対し、統制群は75.61点から77.90点への微増でした。約8点の差は、自信という目に見えないものの変化としては、かなり大きな意味を持ちます。

ただし、すべての項目で効果があったわけではありません。社会的フィードバック(先生や家族からの評価)と社会心理的状態(読書中の感情)については、両グループの間に統計的な有意差は見られませんでした。研究者たちは、5週間という期間が短すぎて、これらの側面まで変化させるには不十分だった可能性を指摘しています。

生徒たちの生の声―インタビューから見えてきたこと

数字だけでは見えてこない、生徒たちの実感を知るために、実験群から7名を選んでインタビューが行われました。これらの語りは、統計では捉えきれない教育の本質を教えてくれます。

ある生徒(参加者1)は「もちろんです。読解の授業を本当に楽しみました」と語りました。別の生徒(参加者4)は「タスクベース指導を使った読解の授業は、私の読解自己効力感を高めてくれました」と述べています。彼らが特に評価したのは、授業の対話的で参加型の性質でした。

参加者5は「TBIは他の人と協力し、自分自身の学習に積極的に参加することで、私の読解自己効力感を向上させました」と説明しています。これは重要な指摘です。従来型の授業では、読書は個人的で孤独な活動でした。しかしTBIでは、仲間と意見を交わし、異なる解釈を聞き、協力して課題を解決する過程そのものが、自信を育てる経験になっていたのです。

具体的な技能の向上も実感されていました。参加者3は「語彙の習得を強化し、理解力を向上させ、読解の流暢さを高めてくれました」と語り、参加者4は「批判的思考力と分析力の発達を助けてくれました」と述べています。

従来の方法と比較して、参加者1は「読む能力にもっと自信が持てるようになりました。TBIは古い方法よりも読解力の向上に役立ったと思います」と評価しました。参加者5は読書が「より意味深く、目的を持ったものになった」と感じていました。

しかし、課題も明らかになりました。参加者7は「タスクベース指導は、以前慣れていた方法と比べて時間がかかりすぎるので、楽しめませんでした」と率直に語っています。参加者6と7は、いくつかの読解課題に割り当てられた時間が不十分で、急いだり活動を飛ばしたりしなければならなかったことが、学習経験全体を妨げたと指摘しました。

これらのフィードバックは貴重です。参加者6は「読書に苦労している生徒に対して、先生はもっとサポートを提供すべきです」と提案し、参加者7は「教材にはもっと読書活動を含め、個別練習の機会を提供すべきです」と述べています。教育の改善は、こうした現場の声を真摯に受け止めることから始まります。

理論と実践の架け橋―なぜTBIが効果的だったのか

研究者たちは、結果を複数の学習理論と結びつけて解釈しています。

まず、Bandura (1997)の自己効力感理論との関連です。TBIでは生徒たちが実際に読解課題を成功させる「達成経験」を積み重ねます。これが自己効力感の最も強力な源泉だとBanduraは述べています。都市生活についての文章を読んで要点をまとめ、アドバイスレターを書き上げるたびに、「自分にはできる」という実感が強まっていったのでしょう。

グループワークは「代理経験」と「社会的説得」の場を提供しました。クラスメートが課題をうまくこなすのを見て(代理経験)、「私にもできそうだ」と思えるようになります。また、仲間や先生から励ましや建設的なフィードバックを受けること(社会的説得)も、自信を強めます。

Vygotsky (1978)の社会文化理論も、この結果を説明します。Vygotskyは、学習は本質的に社会的なプロセスであり、他者との対話を通じて知識が構築されると考えました。TBIの協働的な性質は、まさにこの考え方を体現しています。生徒たちは「一人では難しいけれど、仲間と一緒ならできる」という領域(発達の最近接領域)で活動し、徐々に自立へと向かっていくのです。

Piaget (1969)の認知発達理論からは、TBIが生徒に能動的な意味構築を求める点が重要です。受け身で情報を受け取るのではなく、推論し、総合し、評価するという認知的な活動を通じて、より深い理解と自信が育まれます。

研究の限界と今後の課題

この研究は興味深い成果を示していますが、筆者たち自身が認めているように、いくつかの制約があります。

最も大きな限界は、サンプルサイズと研究期間です。88名という参加者数は準実験研究としては標準的ですが、結果を広く一般化するには小規模です。また、5週間で週2回という頻度では、社会的フィードバックや感情面の変化といった、より時間のかかる側面を十分に測定できなかった可能性があります。

研究デザイン上の問題もあります。両グループの初期の読解力や全体的な英語力の違いは統制されていませんでした。これらが結果に影響を与えた可能性は否定できません。

また、この研究はエチオピアの特定の文脈―大規模な学級、限られた資源、教科書中心の教育文化―で行われました。他の国や地域で同じ効果が得られるかは不明です。

測定の問題として、自己効力感は質問紙だけで測られています。実際の読解テストの成績と組み合わせれば、より説得力のある証拠になったでしょう。生徒たちが「自分は読める」と感じているだけでなく、実際に読解力が向上しているのかを示すことが重要です。

さらに、長期的な効果は検証されていません。5週間後に見られた自信の高まりが、数か月後、1年後にも持続しているのか。それとも従来の教え方に戻ると、効果は消えてしまうのか。これらの疑問は未解決です。

日本の教育現場への示唆

この研究は、日本の英語教育にとっても考えさせられる内容を含んでいます。

日本でも、学習指導要領は「主体的・対話的で深い学び」を重視しています。これはまさにTBIの理念と重なります。しかし現実には、多くの中学・高校の英語授業では、依然として文法訳読式や教科書本文の精読が中心です。大学入試が文法知識と読解を重視する限り、この傾向は変わりにくいでしょう。

エチオピアと日本では文脈が大きく異なりますが、生徒の自信を育てることの重要性は共通しています。日本の英語学習者も、「自分には英語は無理だ」という思い込みに苦しんでいる人が少なくありません。特に中学から高校にかけて、つまずきを経験し、自己効力感が低下する生徒が多く見られます。

TBIのような方法を完全に導入するのは、カリキュラムや試験制度の制約から難しいかもしれません。しかし、部分的な導入は可能です。たとえば、読解の授業に協働的な要素を取り入れる、実生活に近い課題を設定する、生徒同士で意見を交換する時間を確保するといった工夫は、既存の枠組みの中でも実践できます。

重要なのは、英語教育の目標を「知識の習得」だけでなく「使える力と自信の育成」へと広げることでしょう。テストで高得点を取っても、実際に英語を使う場面で「自分にはできない」と感じてしまう生徒では、真の意味での英語力とは言えません。

また、先生の役割の変化も考える必要があります。TBIでは、先生は知識の伝達者ではなく、学習のファシリテーターです。正解を教えるのではなく、生徒が自分で発見するのを支援します。これは日本の教育文化にとって大きな転換ですが、21世紀に求められる教育の姿と言えるでしょう。

読書の自信が開く扉

最後に、この研究が示す本質的なメッセージを確認しましょう。それは、言語教育において技能の習得と自信の育成は切り離せないということです。

読書が上手になることと、「自分は読める」と信じることは、相互に影響し合います。成功体験が自信を生み、自信があるから難しい文章にも挑戦でき、その挑戦がまた成功を生む。この好循環を作り出すことが、教育の本当の役割です。

逆に、自信を失った学習者は、持っている能力さえ発揮できなくなります。「どうせ私には無理だ」という思い込みが、努力することそのものを妨げてしまうのです。これは言語学習に限らず、あらゆる学習に当てはまる真理でしょう。

Wordofaたちの研究は、エチオピアの一つの学校で行われた小規模な実験です。しかし、そこから得られた知見は、世界中の教育者に大切なことを教えてくれます。生徒一人ひとりの中にある可能性の種を、どうすれば育てられるのか。自信という見えない力を、どうすれば支えられるのか。これらの問いに、TBIは一つの答えを提供しています。

教室という場は、単に知識を伝える空間ではありません。そこは生徒たちが「自分にはできる」という実感を育て、学ぶ喜びを発見し、仲間と共に成長する場です。この研究が示すように、適切な方法を用いれば、わずか5週間でも生徒の心に変化を起こすことができます。その変化こそが、長い目で見れば、テストの点数以上に価値のある、人生を支える力になっていくのではないでしょうか。


Wordofa, Y. J., Gencha, M. G., & Hadgu, A. M. (2025). Transforming reading self-efficacy in EFL classrooms: The role of task-based instruction. Ampersand, 15, Article 100236. https://doi.org/10.1016/j.amper.2025.100236

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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