著者について―長年の問いに向き合い続けた研究者

Jan Hulstijn はアムステルダム大学のアムステルダム言語コミュニケーションセンターに所属する研究者で、第一言語・第二言語習得における個人差の研究を長年にわたって続けてきた人物です。彼の名前が広く知られるようになったのは、2011年に発表した論文でBLC理論の骨格を初めて提示し、その後2015年に単著として体系化したことによります。今回の論文”Predictions of individual differences in the acquisition of native and non-native languages: An update of BLC theory”(2024年)は、その理論の「アップデート版」として位置づけられており、近年の使用基盤言語学、ニューラルネットワーク心理学、複雑系としての言語という三つの潮流を取り込みながら、理論の精度を高めようとする試みです。

筆者自身がこの論文の冒頭で率直に認めているように、「ほとんどの人が言語能力は一本のスケールで測れると思っている」という素朴な通念を批判することが、この理論の出発点にあります。そしてそれは単なる学術的な議論にとどまらず、「外国語を学ぶのに頭がよくなければならないのか」という、多くの学習者や教師が抱く実践的な問いとも深く結びついています。

BLC 理論の核心―言語能力は一次元ではない

Hulstijn の主張の中心にあるのは、言語能力を「話す・聞く」と「読む・書く」という二つの根本的に異なる次元に分けて考えるべきだという点です。前者を Basic Language Cognition(BLC、基礎言語認知)、後者を Extended Language Cognition(ELC、拡張言語認知)と呼びます。

BLC とは何でしょうか。簡単に言えば、日常的な会話をこなすための能力です。よく使われる語彙や文法構造を、特に意識せずに聞いて理解し、流暢に話せるという能力で、これは大量の音声インプットへの曝露を通じて、ほとんど無意識のうちに習得されていくものです。母語話者であれば、学歴や知性に関係なく、成人になるころにはほぼ全員が習得しています。

一方の ELC は、学校教育で教えられる書き言葉の標準語の運用能力です。読み書きには明示的な学習と集中的な練習が必要であり、その習得の度合いは教育レベル、職業、読書習慣などによって個人間で大きく異なります。

この区別は一見すると単純に思えますが、その含意は深いところまで及びます。たとえば私が大学院生だったころ、「頭のいい人間ほど外国語を習得するのが早い」という言説を何度も耳にしました。しかしHulstijn はこの理論を通じて、その命題には重大な条件がついていると言います。知的能力(実行機能、非言語的記憶、知能)が言語習得に影響するのは ELC の領域、つまり読み書きの習得においてだけであって、BLC すなわちスピーキングやリスニングの習得においては、認知的要因は有意な役割を果たさないと予測するのです。

なぜ話し言葉は「頭のよさ」に依存しないのか

これは直感に反するように感じられるかもしれません。「頭がよければ言語の規則も早く覚えられるはずではないか」という疑問は自然です。しかし Hulstijn の論拠はこうです。話し言葉の習得とは本質的に、大量の音声インプットに繰り返し曝露されることによって、脳内の処理系が徐々に速くなり自動化していくプロセスです。O’Grady(2012)の言葉を借りれば、「言語習得とは処理の改善にすぎない」のです。つまり、意識的な規則の学習ではなく、経験の蓄積による手続き的な習熟です。

これは料理を覚えることに似ています。包丁の使い方を理論書で学んだとしても、実際に食材を切る練習を重ねなければ腕は上がりません。逆に、理論などまったく学ばなくても、毎日台所で料理していれば自然に上達します。話し言葉の習得も、これと同じ構造を持っています。だから、知能指数の高い人が有利になるわけではなく、むしろ十分なインプット量と質が決定的な要因となります。

BLC の神経基盤として、Hulstijn は手続き的言語処理を支える大脳基底核の役割に注目しています。一方 ELC に関わる宣言的知識は主に側頭皮質、とりわけ海馬システムが担うとされており(Ullman 2001; Morgan-Short and Ullman 2023)、これら二つの異なる神経系が BLC と ELC という区別に対応していることを示唆しています。

理論の更新点―何が変わり、何が変わらなかったか

2015年版と比較した今回のアップデートにはいくつかの重要な変更があります。まず、理論全体が「非母語主義・使用基盤・ニューラルネットワーク」というメタ理論の傘の下に明示的に位置づけられました。これは、言語能力を生得的な文法知識として捉える Chomsky 的な生成文法の枠組みを明確に退け、言語とは社会的相互作用と大量の言語使用の中から浮かび上がってくる複雑適応系だという立場を宣言するものです。

次に、ELC の定義が絞り込まれました。旧版では ELC を「低頻度語彙・非日常的文法構造を含む発話」としていましたが、今回は「学校教育で教えられる書き言葉の標準語の運用能力」という、より明確な定義に改めています。これによって、「頻度が低い」という量的概念と「書き言葉である」という媒体の概念が混在していた旧来の曖昧さが解消され、理論の明快さが増しています。この改訂は些細な修正のようで、実は研究設計に与える実践的影響が大きいと思います。旧定義では、低頻度語彙を含む話し言葉をどう扱うかが曖昧でしたが、新定義では「書き言葉か否か」という明確な基準が与えられるからです。

また、中核(Core)と周辺(Periphery)という概念については、今回の論文ではほとんど取り上げられていません。Hulstijn 自身が認めているように、これらの概念は「心は独立した構成要素からなる」という旧来の認知革命的な発想に基づいており、複雑系としての言語観とは相性が悪いからです。

四つの予測―理論が具体的に言えること

Hulstijn はこの論文で四つの反証可能な予測(P1〜P4)を提示しています。これは理論の「実用的な顔」です。

P1 は母語話者の BLC についてで、習得の速度には個人差があるものの、最終的な習得水準(ultimate attainment)には個人差がほぼない、という予測です。学校教育が始まるころには子どもたちの間に差が見られても、口頭でのインプットが豊富な学校環境を通じてその差は縮まっていくだろうとされています。

P2 は母語話者の読み書き習得についての予測で、こちらは逆に大きな個人差が生じるとされています。実行機能、記憶力、非言語的知能といった認知的能力が ELC の習得に強く影響するという主張です。社会経済的要因を統制した後でも、認知的個人差の効果は残るという点が重要です。

P3 は非母語話者(外国語・第二言語学習者)の BLC についての予測で、ここが最も実践的示唆に富む部分です。L1とL2の類型論的距離、インプットの量と質、聴力などの健康要因が大きな影響を与える一方で、認知的要因(知能など)は有意な役割を果たさないと予測されます。ただし、発音の習得と一部の文法形式の自発的産出については、成人後の塑性喪失によって完全な BLC 到達は難しいとされています。

P4 は非母語話者の読み書き習得(ELC)についてで、こちらは習得の速度と最終到達水準ともに最大の個人差が生じるとされています。知的・教育的・文化的背景が同等の母語話者と同水準の ELC を達成できるという点は、学習者を励ます観点から重要なメッセージです。

日本の英語教育への示唆

この理論が持つ実践的な意味は、日本の英語教育の文脈においても非常に大きいと思います。日本の学校英語教育はこれまで文法・読解中心であり続け、スピーキングやリスニングの指導は相対的に軽視されてきました。BLC 理論の枠組みから言えば、これは ELC 寄りの教育に偏重してきたということを意味します。

もし Hulstijn の予測が正しいとすれば、話す・聞く能力(BLC)の習得に最も有効なのは、大量の音声インプットへの曝露であり、文法規則の明示的学習ではありません。にもかかわらず日本の多くの英語学習者は、大量の文法説明と文法問題演習を通じて英語を学び、スピーキングへの苦手意識を持ちながら学校を卒業していきます。これは理論が予測する「有効なインプット量の不足」という問題をそのまま体現しています。

さらに言えば、「英語ができる人は頭がいい」という社会的通念が、日本では根強く残っています。英語の成績が学業成績の代理指標のように扱われることも少なくありません。しかし BLC 理論に照らせば、リスニング・スピーキングの能力と知能の相関は低いはずです。本来は知能テストとして機能すべきでない英語の試験が、事実上そのように使われているとすれば、これは測定の妥当性に関わる深刻な問題です。

Hulstijn 自身が論文中で「知能が高くなければ外国語の聴く・話す能力を身につけられないというのは広く信じられている誤りだ」と明記しているのは、単なる学術的命題ではなく、教育政策への警鐘でもあると読めます。

関連研究との対比―何が新しく、何が継続しているか

Hulstijn の BLC 理論は、Cummins(1980)の BICS(Basic Interpersonal Communicative Skills)と CALP(Cognitive Academic Language Proficiency)という区別を受け継いでいます。Cummins はバイリンガル教育の文脈で、日常会話的な言語能力と学術的・認知的に高度な言語能力を区別しましたが、Hulstijn はこれを更に精緻化し、神経基盤の違いや頻度分布との関連まで組み込んでいます。

Bialystok(2001)の枠組みとの関係も重要です。バイリンガリズムが認知機能に与える影響を研究してきた Bialystok の視点は、言語知識の分析性と処理のコントロールという二次元から個人差を説明しようとするものでしたが、Hulstijn はその知見を参照しながらも、より明確に口頭言語と書き言葉という媒体の違いに基づく区分へと軸足を移しています。

使用基盤言語学の分野では、Tomasello(2003)の構文的学習理論や Goldberg(2013)の構文文法が、BLC 理論のメタ理論的基盤として重要な役割を果たしています。特に Christiansen and Chater(2016)の「言語の生成」という枠組みは、言語を先天的な普遍文法ではなく、処理と使用から創発するものと見る点で BLC 理論と深く共鳴しています。

一方、明示的・暗示的学習の二重過程理論(Ullman 2001)との接続は今回の論文でも維持されており、BLC が手続き的・暗示的記憶システムに依存し、ELC が宣言的・明示的記憶システムに依存するという神経学的基盤は、理論の重要な柱の一つです。ただし、この宣言的/手続き的記憶の二分法自体が現在の神経科学の文脈でどこまで有効かについては、まだ議論の余地があります。

批判的考察―理論の強みと問い直されるべき点

論文を読んでいて感じた最大の強みは、この理論が「反証可能な予測」を明示的に提示している点です。科学哲学者 Popper の批判的合理主義を明示的に引用しながら、理論とはツールであり、実証研究によって否定・修正されうるものだという姿勢は、言語習得研究においてはむしろ珍しい誠実さです。

ただし、気になる点もあります。まず、BLC と ELC の境界線についてです。Hulstijn は ELC を「学校で教えられる書き言葉の標準語の運用能力」と定義し直しましたが、たとえばポッドキャストや YouTube 動画のような話し言葉と書き言葉の中間的なジャンルをどう扱うのかは明示されていません。デジタル社会において「書き言葉」と「話し言葉」の境界は急速に曖昧になっており、この問いは理論にとって無視できないはずです。

次に、BLC の習得に認知的要因が影響しないという予測については、成人学習者のデータによる大規模な検証が今なお不十分です。Hulstijn 自身もこの点を認めており、特に大規模コホート研究の不足を課題として挙げています。理論として内的整合性は高いものの、実証的支持の厚みという点ではまだ途上段階と言わざるを得ません。

また、論文の末尾で Hulstijn が率直に述べているように、この理論はヨーロッパ・北米の研究をベースに構築されており、世界的に見れば著しくバイアスがかかっている可能性があります。日本語のように書き言葉と話し言葉の乖離が比較的小さいとされる言語や、アフリカ・アジアの多言語環境で育つ子どもたちのケースにこの理論がどこまで適用できるか、という問いは残ります。これは著者自身が正直に認めている限界であり、理論の誠実さを示すと同時に、非西洋圏の研究者が積極的に検証に加わることへの招待でもあります。

「言語は複雑系である」という視点が開くもの

この論文を通じて感じるのは、言語習得研究が少しずつ変わりつつあるという実感です。生成文法的な「習得装置」モデルから離れ、言語を大量の使用経験から創発する複雑適応系として捉える視点は、言語教育の実践にも大きな影響を及ぼします。

Zipf の法則に代表されるように、言語の要素は均等に分布しているわけではなく、ごく少数の語彙・構文が圧倒的に高頻度で使われ、大多数の語彙は極めてまれにしか現れません。BLC とはこの分布の急峻な部分にある高頻度要素を処理する能力であり、その習得には理論的な理解よりも大量の接触が本質的です。この見方は、頻度・反復・文脈という三つの要素を重視するインプット重視のアプローチを支持するものです。

実際、Hulstijn はこの論文の中で、非母語話者向けの外国語・第二言語教育プログラムにおいて、大量の音声インプットを通じた音声認識を優先するアプローチの可能性を探ることを提唱しています。これは理論的な提案であると同時に、現場の教師への具体的な問いかけでもあります。

まとめ―理論は「問いを立て続けるためのツール」

Hulstijn の BLC 理論は、言語能力を二次元で捉えることによって、「なぜ同じ学習者が英語で話すのは得意なのに、難しい文章を読むのは苦手なのか」「なぜ移民の子どもが会話は流暢なのに学校の成績が上がらないのか」といった、現場で繰り返し観察される謎に対して、体系的な説明の枠組みを与えようとするものです。

一つの理論がすべての現象を説明できるわけではありませんし、この理論も例外ではありません。しかし Keller(1994)の言葉にあるように、問題は言語とは「何か」ではなく、どう捉えれば問題をうまく解けるか、です。その意味で、BLC 理論は少なくとも今のところ、多くの問いを整理し、次の実証研究を方向づけるための有効なツールとして機能しています。

外国語の授業で「うちの生徒は頭が悪いから英語が話せない」と感じている教師がいたとしたら、Hulstijn はきっとこう言うでしょう。「問題は知能ではなく、十分な音声インプットが与えられていないことかもしれませんよ」と。その問い直しをもたらすことができるだけで、この理論には十分な価値があります。


Hulstijn, J. (2024). Predictions of individual differences in the acquisition of native and non-native languages: An update of BLC theory. Languages, 9(5), 173. https://doi.org/10.3390/languages9050173

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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