はじめに―この論文が扱うテーマの射程

英語を学んでいると、「あの人は流暢だ」とか「もっと流暢に話せるようになりたい」という言葉をよく耳にします。しかし、「流暢さ」とはそもそも何なのでしょうか。話すスピードのことでしょうか。それとも詰まらずに話せることでしょうか。あるいは、聞き手が心地よく感じられる話し方のことでしょうか。

ちょうど「美しい」という言葉がひとによって意味するものが違うように、「流暢さ」もまた、見る角度によってまるで異なる顔を持っています。料理にたとえるなら、「おいしい」という一言の中に、甘さ・塩加減・食感・香り・見た目・温度など、数多くの要素が複雑に絡み合っているのと似ています。Parvaneh Tavakoliによる本論文”Assessment of second language fluency”は、そうした「流暢さ」という概念の評価研究を1979年から2022年にわたってまとめた「研究タイムライン」であり、読者を第二言語習得研究の40年以上の蓄積へと案内してくれるものです。

本論文が掲載されたのは、応用言語学分野の著名な学術誌『Language Teaching』(2025年、第58巻)であり、著者のTavakoliはイギリスのUniversity of Readingで応用言語学の教授を務めています。彼女の専門はタスク型言語教育・タスクデザイン・第二言語における口頭流暢性の発達であり、これまでにも数多くの国際研究プロジェクトを主導してきました。本論文はそのキャリアの集大成ともいえる位置づけで、単なる文献リストではなく、各研究に丁寧な解説を加えた批判的レビューとなっています。


「流暢さ」という概念の複雑さ―定義をめぐる長い旅

論文の冒頭でTavakoliが強調するのは、流暢さは「複雑かつ多次元的な構成概念」であり、評価の文脈においてもその定義は依然として開かれたままだという点です。これは研究者にとって非常に正直な告白でもあります。長年にわたって研究されてきたにもかかわらず、流暢さの本質はいまだに確定していないというのですから。

最初の包括的な定義を提示したのは、1990年のPaul Lennonでした。彼は流暢さを「思考や伝達意図の、迅速で滑らかな、正確で明晰かつ効率的な言語への変換」と定義しました。この定義は今も広く引用されており、流暢さを「広い意味での熟達度全般」と「発話の流暢性(途切れずに話せること)」という二層に分けるという考え方も、彼の功績です。

その後、2010年のNorman Segalowitzによる著作が大きな転換点となりました。彼は「認知的流暢性(発話産出の背後にある処理の効率性)」「発話流暢性(スピードや沈黙といった観察可能な特徴)」「知覚的流暢性(聞き手が話し手の流暢さをどう感じるか)」という三つの次元からなるモデルを提示しました。これにより、流暢さは単純に「速く話せること」ではなく、産出・表出・知覚の三つが絡み合うプロセスであることが広く認識されるようになりました。

さらに近年では、流暢さを純粋に認知的・心理言語学的な現象として捉えるだけでは不十分だという声が上がっています。TavakoliとWright(2020)は、流暢さが社会的・相互行為的な性質を持つことを強調しました。悪い知らせを伝えるときと良い知らせを伝えるときでは、同じ人でも話し方が変わるように、流暢さは文脈・目的・聞き手によって変容するのです。これはある意味で、言語学の外側にある日常的真実を、学術的な枠組みに組み込もうとする試みといえます。


測定の歴史―ストップウォッチから人工知能へ

流暢さを「測る」という営みの歴史も、本論文が丁寧に辿っています。1980年代の初期研究(たとえばRaupach, 1980)では、研究者たちが秒針付きの時計で発話の間(ま)を計測していました。その後、1990年代にデジタル技術が普及すると、PRAAT(音声分析ソフトウェア)のような専用ツールが登場し、ミリ秒単位の精密な計測が可能になりました。

特に重要なのが、「沈黙をどこで区切るか」という閾値の問題です。de JongとBosker(2013)は、250〜300ミリ秒を区切り点とすることが、熟達度との相関において最も有効だという証拠を示しました。これは一見すると細かい技術的な話ですが、実は非常に重要な問いかけです。たとえば「0.1秒の間(ま)」を「つまり」と解釈するか「流暢に話している」と見るかによって、研究の結果が大きく変わってしまうのですから。

またSkehanをはじめとする研究者たちは、流暢さを「スピード」「内訳(ブレークダウン)」「修復(リペア)」という三要素で把握する枠組みを提唱しました。「スピード」はどれだけ速く話せるか、「内訳」はどれだけ詰まるか、「修復」はどれだけ言い直しをするかを指します。この三次元モデルはその後の多くの研究に採用されており、今日でも標準的な測定枠組みとして機能しています。

そして現代では、人工知能(AI)を使った自動採点が急速に普及しています。Pearson Test of Englishなどの大規模試験では、音声認識技術を用いて流暢さを自動的に評価する仕組みが導入されています。Kang & Johnson(2021)の研究では、コンピューターによる自動スコアと人間の評価者のスコアの間に高い相関が確認されました。これは教育測定の世界にとって、大きな意義を持つ知見です。


評価の実態とのギャップ―研究と現場の間にある溝

本論文の核心的な問題意識のひとつは、「研究知見」と「評価の実態」との間に深い溝があるという指摘です。TavakoliとWright(2020)は、IELTSやTEEP、APTISといった国際的な高賭け試験において、流暢さの評価基準がいかに曖昧で、研究的根拠を欠いているかを明らかにしています。

評価記述子(rating descriptors)とは、採点者が採点基準として使う文章のことですが、その多くが「滑らかに話せる」「詰まらずに話す」といった直感的な表現に頼っており、実証的な研究に基づいて構築されたものではないとTavakoliは指摘します。Fulcher(1996)はすでに1990年代にこの問題を提起し、データに基づく評価尺度構築の必要性を論じました。しかし、それから30年近くが経った今も、状況は大きく変わっていないというのが著者の見立てです。

さらに深刻な問題があります。多くの試験の評価基準は、「熟達度が上がるにつれ流暢さも全体的に向上する」という前提に立っています。しかし実際の研究データは、その前提を支持していません。Tavakoli, Nakatsuhara & Hunter(2020)の研究では、スピード・内訳・修復という三要素が熟達度の上昇に伴って一様に改善されるわけではないことが示されました。プロフィシェンシーがB2レベルに達した時点で初めて変化が現れるという「閾値効果」も観察されており、流暢さの発達は単純な直線的進歩ではないことがわかります。

これは日本の英語教育にとっても重要な示唆を持ちます。たとえば英検やTOEICといった試験において、スピーキングの評価基準が研究知見と乖離しているとすれば、学習者は「流暢さを実際に高めること」ではなく「流暢に見せること」を目指してしまう危険性があります。評価が学習を誘導するという「バックウォッシュ効果」の問題は、日本においても見逃せない課題です。


日本の英語教育現場への示唆

日本の英語教育という文脈から本論文を読み直すと、いくつかの重要な問いが浮かび上がります。

まず、日本の学習者にとって「流暢さ」はどのように認識されているのでしょうか。多くの場合、日本の教室では流暢さよりも正確さ(accuracy)が優先されがちです。文法的に正しい文を作ることへの過度な集中が、かえって発話の流暢性を阻害しているという指摘は以前からあります。Skehanの複雑性・正確さ・流暢性のトレードオフ理論によれば、これら三つは有限な認知資源を奪い合う関係にあります。日本の教室で流暢さを意識的に育てようとするなら、正確さへの過剰なプレッシャーを軽減する授業デザインが求められます。

次に、タスク型言語教育(TBLT)の視点からも興味深い示唆があります。本論文のタイムラインには、タスクの種類や特性が流暢さに大きく影響することを示す研究が複数含まれています。たとえばDerwing et al.(2004)は、学習者がナラティブ課題(物語を語る課題)においてより流暢さが低下することを示しました。日本の英語授業でロールプレイやディスカッションが取り入れられることが増えていますが、どのようなタスクが流暢さの向上に効果的なのかを、研究知見に照らして検討する必要があります。

また、近年のAI採点技術の普及は、日本の英語評価にも直接的な影響を与えています。英語スピーキングテストのAI評価導入が検討・実施されている今、「AIが何を流暢さとして測定しているのか」を正確に把握せずに試験を導入することは危険です。本論文が示すように、AI採点がうまく機能するのは特定の測定可能な指標(スピード、ポーズ頻度など)に限られており、相互行為的・社会的な流暢さの側面はまだ十分に捉えられていません。


関連研究との対比―この論文の立ち位置

タイムライン形式の論文という性質上、本論文は特定の実験や調査報告ではなく、研究分野の「地図」を描く試みです。こうした研究史整理の試みとしては、Foster(2020)による「Oral fluency in a second language: A research agenda for the next ten years」との比較が有益です。Fosterの論文が今後の研究議題を積極的に提案するものであるのに対し、Tavakoliの論文は過去の蓄積を整理・批判的に評価しながら現状の問題点を浮き彫りにするものであり、両者は相補的な関係にあります。

また、タスクと流暢さの関係を扱う領域では、Foster & Skehan(1996)以来の長い伝統があります。彼らの研究が示したように、事前の計画時間(planning time)が流暢さに与える影響は、認知資源の配分という観点から理解されます。この流れを引き継ぐかたちで、Morrison & Tavakoli(2023)はタスクの「伝達機能」が流暢さに与える影響を検討しており、研究の奥行きが着実に広がっていることが読み取れます。

一方で、本論文が明示的に取り上げていない領域として、感情・情動(emotion)と流暢さの関係があります。緊張した場面ではどんな熟練した話者でも詰まることがありますし、好きな話題については流暢に話せるという経験は誰でも持っているでしょう。この「情動的流暢性」の問題は研究の蓄積がまだ薄く、Tavakoliのタイムラインにもほとんど反映されていません。今後の研究が待たれる領域です。


この論文の学術的意義と限界

本論文の最大の貢献は、散在していた研究を一つの一貫した視点から整理し、分野全体の課題を可視化した点にあります。特に「評価の実態が研究知見から乖離している」という指摘は、単なる学術的観察にとどまらず、テスト開発者・教師・政策立案者への実践的なメッセージとして機能しています。

しかし同時に、いくつかの限界も指摘できます。第一に、タイムラインの対象期間が2022年で終わっており、その後の急速なAI技術の進展(たとえば大規模言語モデルを用いた音声評価)は反映されていません。第二に、取り上げられた研究のほとんどが英語を対象とした研究であり、日本語・中国語・スペイン語など他の言語における流暢さの評価については議論が薄くなっています。第三に、研究者自身(Tavakoli)の研究が多数引用されており、研究史の客観的な描写という観点からは、若干の偏りを生む可能性があります。これは自己引用を否定するものではなく、読者がその偏りを意識しながら読む必要があるという意味です。

また、「流暢さと語彙・文法知識の関係」についての議論は本論文でも取り上げられていますが(Tavakoli & Uchihara, 2020など)、どの程度の語彙サイズがどの流暢さ指標と結びつくのかという具体的な知見は、教育実践への橋渡しという点でさらに充実させる余地があります。


おわりに―「流暢に話す」ことの意味を問い続けて

本論文を読んで改めて感じるのは、「流暢さ」というシンプルに見える概念が、実際にはいかに多くの研究者の努力によって少しずつ解明されてきたかということです。1980年代にストップウォッチで発話の間(ま)を計測した研究者たちから、今日のAI採点技術まで、この分野は着実に歩んできました。

しかしTavakoliが最後に強調するように、評価の実践はいまだ研究の成果に追いついていません。IELTSをはじめとする国際試験が実際に使っている評価基準は、多くの場合、確かな実証的根拠を持たないまま運用されています。研究と実践の間の橋を架けることが、次の大きな課題です。

日本においても、英語スピーキング力の評価は喫緊の教育的課題となっています。大学入試改革や学習指導要領の改訂を通じて、スピーキング評価の重要性が増す中、「流暢さとは何か」「どう測るべきか」という問いに対して研究知見に基づいた答えを持つことは、単なる学術的作業ではなく、学習者の人生に直接関わる実践的な問題です。

Tavakoliのこの論文は、その問いと向き合い続けるための、しっかりとした出発点を与えてくれます。研究史を学ぶことは、過去の蓄積を尊重するとともに、まだ答えの出ていない問いに目を向けることでもあります。流暢さの評価研究は、まだその旅の途中にあるのです。


Tavakoli, P. (2025). Assessment of second language fluency. Language Teaching, 58(3), 312–328. https://doi.org/10.1017/S0261444824000417

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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